数学の方程式は覚えられなくっても、攻略キャラの誕生日や花言葉だったら余裕で覚えられるとかありますよね
竹簡を広げて、そこに貼り付けられた絵巻物を読み込む。一応この世界の頭領の娘という設定のせいか、前世の記憶と若干形の違う漢字や難しめの仮名遣いでもどうにか読み込めそうだ。
この世界、
この辺りは『黄昏の刻』の冒頭で何度も何度も読み込んだ部分だ。ほとんどの人は共通イベントだし、本当に読み飛ばすだけの設定だから忘れちゃうけれど、この部分のナレーションは推していた声優さんが担当していたから、オート機能の自動再生で聞いてたなあ。
そこに描かれている四神は、東の
大きなお皿……多分これがこの世界における皿科の姿なんだろう……の周りに四神を据え、そのお皿の上には、巫女の姿が描かれている。白衣に緋袴という巫女ルックではなくて、もっと古い……それこそ白衣に頭に髪飾りレベルの簡素な……格好をした、切り揃えた黒髪の少女だった。
ここでは、巫女が四神と契約するまでのことが描かれ、魑魅魍魎の討伐の話までが描かれていた。
私は「なるほど……」と言いながら、どうにか絵巻物を読み終えた。
この世界の最初の巫女が四神と歩いた場所に星が灯り、それがこの世界の星座として残っている。星詠みはそれらの星の位置を読み解きながら、預言を行ったり、術式を使ったりする。少なくとも出てくる星の名前は、全て前世でさんざん保昌を戦闘パーティーに入れているときに聞きかじった名称ばかりだったから、この辺りは余裕だ。
保昌には感謝だなあ。この調子だったら、少なくとも星詠みの実践までに、丸暗記ができそう。初心者用だって言っていたから、ここで調子に乗らないようにしないと。
私は手元にある竹簡で、星の名称を少しずつ書いていった。次に巻物を借りるときよりも、成長しているといいんだけど。私はそう思いながら、どうにか全部を読み終えた。
****
チュートリアル戦闘が起こってから、早ひと月が経った。
その間、私は星見台と屋敷を行ったり来たりして、少しずつ星詠みの丸暗記をしていった。
「この星の名前は?」
「
「はい、正解です。ではこの星の名前は?」
「これは
「はい、正解です。まずは星の位置を全て覚えられましたね」
「なんとか……」
星座図を見せながら、星の名前だけでなく星の位置の丸暗記まで強いられ、私はヘロヘロになりながらもどうにかそれに付いていった。それにしても。
星の位置って変わるもんじゃないのかな。少なくとも、太陽が出て沈むのは変わらないんだから、星の位置だって移動する……よね。だとしたら、実際の星詠みのときに、星の位置が変わっちゃったら意味がないんじゃ。
私は「うーん……」と疑問を聞いてみた。
「ねえ、保昌。星の位置って時間や季節によって変わりますよね? 今の星の位置を丸暗記することは、なにか意味があるんでしょうか……?」
「たしかに実践の際に位置が変わりますし、覚えたままではいられないかもしれません。ですけど」
保昌は、星座図を指で動かしながら言う。
「ずれることはあっても、全部が変わることなんて、まずありえません。例えば、星が流れてくるとき……」
「流れ星、ですか?」
「ええ。その量により吉兆は占うことができます。それに季節により近付く星と星を結ぶ線で、物事を読み解くこともできます」
この辺りは、比較的ファンタジーなんだなあと私は思う。科学では星の配置で季節や天気までは読み取ることができても、人の運命なんて読み解けないもの。
でも皿科では星詠みの星見が外れることなんてまずないし、大事な預言は全部通達されるレベルだもんなあ。精度が高いから、私の前世の占いとはまた別もんなんだろうなと察することができる。
私はそう思いながら「そうなんですねえ……」と納得した。
どっちみち、はさみを動かす理屈がわからずとも、はさみは使える。今の私に必要なのは、そのはさみの使い方なんだから、理屈はひとまず置いておこう。
保昌はにこにこと笑う。
「でもまさか、紅葉様がここまで覚えるのが早いとは思っていませんでした。もっと時間がかかると思っていましたが、この分ならば、あと一週間ほどで、星見の見学もできるかと思います」
「見学ですか? 実践ではなく?」
「あー……このことなんですが」
保昌は困った顔をして、辺りを伺う。
今は星詠みたちは今日の仕事を終えたために、里の中で散歩してほとんど星見台には残っていない。残っている人たちは、今晩の星詠みのために仮眠中だ。
保昌は起きている星詠みがいないかだけ確認を取ると、私に少しだけ顔を近付ける……うわ、顔がいい。
それはさておき、保昌は密やかに告げる。
「……星詠みが預言してはいけないものもありますから。まずは紅葉様に、星詠みの実践を見学した上で、選んでもらわなければなりませんから」
「な、にをですか……?」
「……天命です」
そう告げられる。
天命。あれ、これって人の運命のことじゃなかったっけ。私は困って口にしてみる。
「あのう……人の運命を占えないのでは、星詠みができないのでは?」
「ああ、言い方がまずかったですね。運命は、占ってもかまわないのですよ。これは天命ではありませんから。ですが、天命は違います」
「どう、違うのですか?」
「そうですね……これはずっと紅葉様に読んでもらっていた絵巻物にも通じますが。運命はその都度、人との出会いにより変わります。たとえばぼくたちが預言した、鈴鹿様たちが四神契約の旅に出ないと行けないというもの。これは運命になります……神が寄こしたものですし、預言を拒否することもできるんです」
「まあ……そうですよね」
「ですが、天命……これは神が決めたものではなく、北極星のようなもので、動かせるものではありません。拒絶することはできないんです。たとえば人の死。たとえば英雄の誕生。これらをねじ曲げることだけは、どうあってもできない、星詠みの禁忌とされています」
「そう……だったんですか」
それだけを返事しつつも、私は困っていた。
あれ。この辺りの説明ってあったかな。
一応完全クリアしているし、設定資料集も買って読み込んでいるのに、この設定は今まで一度も聞いたことがないんだ。
星詠みの仕事内容は、保昌から直接聞くほど細やかではなかったけれど、シナリオ内でも説明はあったし、なんだったらゲーム内に登録されている辞書を見れば説明が入っていたはず。でも運命と天命の違いなんて、こんなことに触れたことは一度だってなかったはずだ。
それにこの英雄の誕生っていうの、ちょっと気になるんだけど。
……これを拒絶することは許さないって、それ。リメイク版のシナリオにあのクソプロデューサー、なにか仕込んでいるな?
記憶を取り戻してから少し行動しただけでわかる、シナリオの整合性の取れなさやゲームバランスの悪さで、私はクソプロデューサーの信頼が底辺にまで下がりきっている。まだまだ底を抜いて下がると思う。どんだけ下がるんだ、これ。
私は内心またも沸々と怒りを募らせていく中。保昌は続ける。
「ですので、まずは見学してください。それで自然と運命と天命の違いを会得しますから」
「……わかりました」
紅葉の目のよさだったら、もしかしたら運命と天命の違いも見抜けるようになるのかもしれない。そう思いながら、私は屋敷に帰ることにした。
そういえば。私は広場から音楽が聞こえるので覗いてみれば、利仁が踊っているのが見えた。いつかに見たときと同じく。
こちらに目も暮れずに踊る彼は、ときどき鬼無里から出て行って、ふらりと戻ってきているようだった。一応根無し草の踊り子だからか、鬼無里以外でも踊っているんだろうか。鬼無里にはよその人を泊める宿坊なんてなく、客人が来る場合は神社か頭領の屋敷なのだけれど、利仁が泊まりに来たことは今まで一度もなかったから、神社のほうに泊まっているんだろう……私が知らない間に、鈴鹿が利仁とフラグを立ててないといいんだけど。
私が見守っていたところで、ようやく利仁は踊りを止めた。
「おや、紅葉。何用じゃ?」
「いえ。今日はずいぶんと鈴まで使って踊るのですねと驚いたもので」
「稼ぎ時じゃからのう。もうすぐ祭りじゃ」
「祭り」
「なんじゃ。最近星詠みになにやら教わっているせいか、頭領の娘が行事まで忘れたか」
そういや、鬼無里には年に一度、豊作祈願のお祭りを神社で行っていたと設定集にもあったと思うけど。
そっか。もうそんな季節なんだな。私が星見台と屋敷を行き来している間に、季節は秋へと移り変わりつつあった。
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