シナリオや設定集でしか書かれていない設定は、ゲーム外ではどう処理されているものなんでしょうね
星見台の中の一室。床の間に机を並べ、その上には大量に竹簡が並んでいる。どうもここは星詠みが星見の結果を報告書としてまとめている作業台みたいだ。今日は星見の作業が終わったから、こうして人は閑散としているけれど。
保昌は竹簡を端っこにどけて、空いたスペースに麦湯を用意してくれた。私はそれをありがたく受け取って飲んだ……要はこれ、温かい麦茶だな。使っているのは麦の豆か、麦の穂かの違いで、こちらのほうが青臭いけれど。
「それで、紅葉様がぼくに学びたいというのは、目の使い方ですね」
「はい……」
紅葉は千里眼を持っていて、鬼無里の中でだったらどんな出来事も見るだけで把握できる。これで維茂たちの危機も察知することはできたけれど……紅葉の腕力では、弓を引くことも、的を射ることもできなかった。
目だけでは駄目なんだ。だからと言って紅葉に星詠みの才能があるのかどうかもわからなかったから、こうして保昌に相談に来たんだけれど……。保昌は「そうですね」とおっとりとした口調で言う。
「星詠みは星を読んで、明日以降の予測を立てます」
「えっ?」
一瞬意味がわからず、ぽかんと口を開いていると、保昌は「ごめんなさい」と困った顔して謝った。
「ぼく、説明が長くなりがちなんですけど、結論だけ言ったら余計に紅葉様は困ってしまうと思いますので、このまま長い説明をしますね?」
「えっと……私がわかりやすかったら、それで……説明をどうぞ」
「ありがとうございます……星詠みの場合、星を眺めるだけの楽な仕事と思われがちですけれど、この星はなんなのか、北を向いているのか南を向いているのか、流星が大量の日はどう対応すればいいのか、など。全ての星の位置を調べた上で予測を立てるので、何年分もの星見図を覚えた上でなかったら難しいんです……ええっと、ここまで言ったら、結論はわかりますか?」
「つまりは……星詠みを学びたかったら、暗記からしないと駄目と?」
「そうなりますね。呪文もその日によって違いますので、どうしてもそうなります」
そうだよね……楽な道なんて、ひとつもないよね。私は思わずうな垂れた。
前世でも気象予報士の資格を穫るの、無茶苦茶難しかったような気がする。「覚えればいいだけ」とか言う人たちは、そもそも暗記しなきゃいけないと言われると余計に暗記ができないという人の気持ちがわからないんだと思う。
私があからさまにしょぼくれたのを見て、保昌が困ったように言う。
「も、紅葉様に合わせて、本当に簡単なものからなら……! 一年もあれば、物になると思います! 半年ほど丸暗記をして、そのあと少しずつ実践を交えながらであったら、なんとか周りを説得することも可能ではないかと!」
「本当に、私に半年も勉強できるでしょうか……?」
前世で最後に資格勉強したのいつだったかな……簿記3級の試験を受けたけれど、あれは業務上必要に迫られて勉強したからな。でも必要に迫られている今だったら、まだ覚えられるのかも……?
保昌が「まずは覚えやすいものから」と引っ張り出してくれたものを見て、目が点になってしまった。前世の小学生が読むような絵巻物だった。少なくとも、簿記3級試験の目が滑りそうな参考書とは程遠い。
「どうしても覚えないとと丸暗記だけだったら、かえって萎縮して覚えないといけないものも覚えられないと思いますので、まずは物語形式になっているものを用意しました。ここから星の名前を少しずつ覚えましょう」
「ありがとう……これなら、覚えられそうです」
なんと便利。
この絵巻物は、皿科の神話と星を物語形式でまとめているものだった。これだったら『黄昏の刻』の攻略本を読んだ記憶と合わせて、どうにか覚えられそうだ。
私は保昌の手を取って、頭を下げた。
「ありがとうございます! これだったら、なんとか間に合うかもしれません! 私、頑張って皆さんの役に立てるようにしますからね!」
「そ、そこまで、鈴鹿様のことを……」
「ええ」
私は何度も何度も保昌に頭を下げてから、絵巻物を眺めつつ屋敷へと帰った。
思えば。鈴鹿は小さい頃から、あの神社で育った。神社の中と鬼無里のことだけが全てで、恋も知らなければ、この世界にはもっといろんな可能性があるってことすら、知らなかった
。だって鈴鹿は、四神と契約する、そのためだけに育てられたのだから。
巫女としての知識以外知らなかった鈴鹿と比べたら、財力で辺境の地の鬼無里でも、都の姫君レベルで知識がある紅葉は、まだ恵まれているんだよね。
……鈴鹿が、普通の女の子として生きられたらいいのにな。恋を知ろうってことだけじゃなくって、やりたいこと……それこそ鬼無里の外の生活だったり、普通におしゃれな服を着たり、ペットを可愛がったりする、普通の生活が送られるようになったらいいのにな。
紅葉が自分の恋を諦めてまで、鈴鹿のために財力を振り絞って支援した気持ちが、今ならほんの少しだけわかる気がするよ。
だからこそ、クソプロデューサーが許せない訳で。
恋愛脳じゃない子に、「恋こそ至上!」って言って、あれこれ詰め込むんじゃない! 鈴鹿困るだろうが!
せめて段取りつくれや!
さんざん頭の中で文句を言っていたところで、「紅葉様」と声をかけられて、ギクリと立ち止まった。
ギギギ……と凝り固まった首で振り返ると、そこには不審な目を向けてくる維茂が立っていた。私の嘘に乗ってくれたものの、私が屋敷に帰る頃合いだと判断して、戻ってきたらしい。
「お、お使いありがとうございます、維茂」
「ええ。紅葉様こそ……その手元のものは、なんですか?」
「こ、これは……」
どうしようどうしようどうしよう。このまま内容を知られたら、保昌が怒られるし、最悪星詠みの勉強を妨害されるかもしれない。
私はグルグルと考えて、咄嗟に思いついたことを口走った。
「都の最新流行りの絵巻物です!」
「……はあ?」
「借りていた恋絵巻ですよ。男女の兄妹が入れ替わって、それぞれ女の貴公子、男の女房として仕事をして、周りに波乱を起こす恋絵巻ですけれど……読みます?」
「こ、恋絵巻……ですか……いや……」
途端に顔が真っ赤になって固まってしまった。
あれ、この世界は平安風ファンタジーだからあるんじゃないかと思って口走っただけだったけれど、実際にあるのかな。まあ、平安ロマンの小説って、結構スキャンダルネタが多かったから、ドロドロした執着愛ドラマや不倫ドラマが苦手な人は、平安ロマン小説も苦手なものが多いのかもな。
元々侍として武芸に明け暮れていた維茂だから、こういう初心な反応になるのかもな。
「読みます?」
意地悪く聞いてみたら、首筋まで顔を真っ赤にさせて、そのままぷいっと明後日の方向を向いてしまった。
「結構です!」
よし。これで内容盗み見られることもなく、勉強がはかどるぞっと。
私は内心ガッツポーズを取っていた。
少なくとも足手まといにならない算段と、維茂の意外な一面を見られたんだから、今日は実にいい日だ。私はそう思いながら、屋敷に帰ったら早速勉強しようと思い立った。
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