シナリオ改変するためには、本編開始時刻を探ることからはじめなければいけません
私たちは、鈴鹿に招かれて神社でお茶をいただくことにした。
鈴鹿が淹れてくれた香ばしいお茶を飲みつつ、私は辺りを覗った。神社でお茶をしている最中で、星詠みから預言が来るはずなんだけれど。それからチュートリアル戦闘がはじまって、ひと月後に時系列が飛ぶ。そのあと都からの使いがやってきて、鈴鹿と守護者たちが旅立つんだよね。
リメイク版だったらシナリオに大幅にメスを入れるとは言っていたものの、乙女ゲームプレイヤーは基本的に戦闘ゲームは苦手だ。戦闘パートは基本的なRPGと変わらないから、戦闘が苦手なプレイヤーでも充分できるとは思うけれど、さすがにチュートリアルを削るような真似はしないと思う。
……もし、もしも。私はお茶をひと口飲みながら考える。
チュートリアル戦闘で、ある一定の成果を見せたら、私が着いていっても問題ないのでは?
今のところ、維茂が鈴鹿をどう思っているのかはわからないけれど、距離が離れてしまったら、気持ちだって離れてしまう。生死がかかった状態だったら、なおのこと維茂の中で、紅葉への感情……それがたとえ主従関係だろうが、親愛だろうが……は薄らいでいってしまう。
……少なくとも、私の記憶の中にある紅葉は、維茂のこと好きなんだよね。リメイク版では維茂の気持ちはちっともわからないけれど、紅葉の願いを叶えてあげたいと思っちゃ駄目なのかな。
私がそう考えていると、鈴鹿がきょとんとした顔をこちらに向けてきた。
「紅葉、普段はあんまり考え事を顔に出すことはないのに。なにか心配事?」
ああ、本当に鈴鹿はいい子なんだよなあ。
というか、リメイク版では恋愛周りを強化すると言っておきながら、私の知っている鈴鹿とほぼ変わってないぞ。クソプロデューサーの意図がさっぱりわからん。
私は心配させないように笑みを浮かべながら、小首を傾げる。
「いえ。修行をなさっていた鈴鹿がいよいよ旅立ってしまうのかと思うと……心配になってしまうだけです」
「心配してくれてありがとう、鈴鹿。でも大丈夫だよ」
そう言って鈴鹿は袖を捲り上げて、ぎゅっと握りこぶしをつくる。女子の細い腕にしては、たしかに逞しい肉が乗っている……それでも、侍の維茂や田村丸とは比べものにならないけれど。
「私は四神と契約するために、生まれたんだから」
「そうかもしれませんけれど……」
あーあーあーあー……。
私は頭を抱えそうになった。でも多分紅葉はそういうこと言わない。
鈴鹿は、ぶっちゃけた話、この世界になにか遭ったときに、四神と契約するために、神社で育てられた巫女だ。早い話、彼女は戦う方法と四神と契約する方法以外、全く教わっていない。
いくらここ鬼無里が隠れ里とはいえども、彼女はその中に置いても純真無垢なまま育てられたのだ。当然ながら、彼女の中に恋心とか浮ついたものが欠片もない。
そりゃこの子に彼氏でも友達でもいいから、彼女のことを全肯定してくれる存在をつくれっていうシナリオになるはずなんだよね。
だからと言って、彼女以外の恋愛要素を根こそぎ削除する意味がわからんけどな! だって自分の中にないものなんて、外の人のもの見ながら覚えるしかないのに、彼女にお手本になるものなにひとつ与えないってどういうことなの!?
あのクソプロデューサーまじ許さんという気を高めていたところで、田村丸がやんわりと言う。
「違うだろう、鈴鹿。お前さんがあんまりにも世間知らずだから、外に出て騙されないか心配になっているんだろ」
そう! さすが鈴鹿の幼馴染! 一番彼女に必要なものをわかっている!
私は内心田村丸に拍手を送りながら、大きく頷く。
「ええ。外には危険が溢れていますが、それは魑魅魍魎だけではありませんよ? 悪い人だってたくさんいらっしゃいますから、余計に心配になるんです」
「そうかな? だって皆、魑魅魍魎の存在で困っているんでしょう? なら、不安を解消すれば、人を騙したり困らせたりしようとする気はなくなるんじゃないかな?」
あー、無垢ー。この子本当に、人の善性以外を信じてないからあ。
この世界が滅びる原因の魑魅魍魎を倒せば全てが終わるって、本当にそう信じてるんだあ。
私は助けを求めるように維茂を見る。彼、いつも口が悪くって、人の神経を逆撫でしちゃうけど、なんて言うだろう。
維茂はお茶をすすってから、口を開いた。
「口で皆、わかりやすければいいがな。言葉だけで事足りるようだったら、争いなんてもっと早くに無くなっているだろう」
「維茂、言葉が足りませんよ。口でわかりやすい言葉を使って騙そうとする人もいるから注意しろと、どうして言えないんですか」
知ってた。維茂は挑発的な言葉ばかり使うから、人の機嫌を悪くさせちゃうんだよ。本当に鈴鹿のこと心配しているんだったら、もっと優しく言ってあげればいいのに……いや、これだったら逆に鈴鹿が維茂を「嫌みな人」と思ってくれるから、彼女から好かれる要素がないからいいのか?
こちらが勝手に頭を痛めている間に、鈴鹿はきょとんとした顔をしていた。
「皆、心配し過ぎじゃないかな? 世の中そんなに悪い人ばかりじゃないと思うけど」
……本当に、鈴鹿にはこのまんまでいて欲しい。
四神契約の旅の道中で、嫌なことにいっぱい出会い、彼女は精神的に成長するけれど、人間不信にはなって欲しくないもの。
……クソプロデューサーがいったいどれだけ本家本元のシナリオを採用しているのかはわからないけれど。
私がそう思っている中。
「キャァァァァァァァ!!」
「魑魅魍魎が出た!!」
神社の外から、騒然とした悲鳴が聞こえてきた。
……やっぱり、シナリオが変わってる!? チュートリアル戦闘が、よりによって預言の前だなんて。
慌てて皆が得物を持つ。私も思わず立ち上がるけれど、維茂が「紅葉様はここでお待ちください」とピシャリと言う。
「で、ですけれど! 皆が行くのでしょう!? 私も……」
「神社内であれば、結界に守られています。ですが、里に侵入した魑魅魍魎はすぐに襲いかかってくるでしょう。あなたにもしものことがあったら、頭領に叱られてしまいます」
「…………っ!」
たしかに。私は自分で紅葉の記憶を探るけれど、彼女は戦闘系の能力はなにも持っていない。せいぜい彼女は、目がいいくらいだ。
私は「お気を付けて」と言いながら、真っ先に走って行った鈴鹿と田村丸の背中を追う維茂を見送った。
でも……私はグルグルと心配する。
預言の前にチュートリアル戦闘というのが、どうにも引っ掛かるのだ。
だって……鈴鹿は巫女でいわば剣士だし、維茂も田村丸も、侍だ……戦闘バランスが明らかに偏っている。
私の知っているチュートリアル戦闘では、後方支援系キャラの星詠みの子と一緒にバランスよく戦うはずなのに、これはまずいんじゃ。
私は心配になって、思わず社から出ると、おいしょおいしょと屋根によじ登った。
紅葉は戦闘能力はないけれど……彼女の目は千里眼と言ってもいいくらいに、よく見える。少なくとも里の中の様子だったら、高台に登れば全部把握できるほどに。
屋根にどうにか辿り着いた私は、皆が魑魅魍魎退治のために走って行った方向に必死で目を凝らした。
里の住民で、非戦闘要員の人たちが必死で逃げ惑っている。そしてその中を、黒いもやが蠢いている……魑魅魍魎だ。
魑魅魍魎は、皿科に瘴気が一定量溜まったら発生する妖怪だ。最初は意思のある黒いもやだけれど、それが形を取って成長した途端に、子鬼や鬼となって、人を襲う。
最初は虫みたいに小さな妖怪だから、そこまで怖くはないんだけれど、黒いもやの場合は稀に人や獣に取り憑いてしまう場合があるから、黒いもやが発生したら、すぐに建物の中に入って、塩で清めて瘴気を寄せ付けないようにしないといけない。
そして皆が辿り着いた先には。
「……なんてこと!」
大きな猪が、黒い紋様を付けて角や鱗を生やして、皆と退治していたのだ。
鬼無里の周りは、門番や星詠みが定期的に清めて魑魅魍魎の侵入を防いでいたけれど、猪突猛進されて門を突破されてしまったら、人のお清めなんて間に合わない。
星詠みが来られなかったのは、先に破れた門を清め直しているせいか……!
しかも、よりによって接近戦しかできない面子で、猪と対峙しろと!? 私はギリッと歯を鳴らした。最初の最初で、皆がやられるところなんて見たくないのに。
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