第2話 無限増殖

「僕を殴って。」


バキッ!


「今じゃない。」


「なんだよ。殴れって言われたから殴ったのに。」


教室の隅ではちおさむが何かしている。


八は頬を押さえて座り込んでいる。


これを見つけたクラスのみんなが見物しに集まってきた。


「なんだなんだ?」


「喧嘩か?」


「え!?喧嘩!?」


八は首を横に振った。


「違う。」


「なんだぁ……ちがうのかぁ……」


集まったみんなはぞろぞろと散っていった。


「なんでみんな残念そうなんだよ。」


治は八の方を向いた。


「またなんかの実験か?どのタイミングで殴ればいいんだ?」


八は治に耳打ちした。


「まずロッカー側を歩いて、6番目で止まる。次にあの窓の方を見る。」


「あの窓?」


「うん、あの角度が一番いい。で、前転した後椅子を持ち上げる。その時に殴って。」


「椅子を持ち上げた後に殴ればいいんだな。」


「そのあと無を持ち上げる。」


「無!?なんて!?」


「まあ、後は見てのお楽しみ。」


「……わかった。失敗しても文句言うなよ。」




八は教室の後ろの入口側に移動した。


教室の後ろにはロッカーがあり、八は「1、2、3……」と数えながら、ロッカーの仕切りのちょうど6番目の位置で止まった。


そして、今の位置から目印となる窓を見つめ、前転を始めた。


そのときだった。


「八!危ない!」


教室を走り回っていたクラスメイトが、前転している八につまづいて転んでしまった。


八は体勢を崩してしまった。


「大丈夫か!」


治は心配して八に駆け寄った。


つまづいた子は立ち上がった。


「こんなところで何してんだよ!ふざけんなよ!」


怒られて当たり前だ。こんなところで前転するなんて誰も思わない。


治は心配そうに八を見ている。


「おい……大丈夫かよ……」


「……大丈夫だ。」


八の両手には、しっかりと無が抱えられていた。


「なんか持ってるー!!いや、何も持ってないのか!!ややこしいな!!」


「ここで無を……」


八は両手で無を窓の外に放り投げた。


「すると、この服の中に――」


八は服の中を探ると、服の中から国語の教科書を手に取った。


「お前そんなところに教科書隠してたのか。」


再び服の中を探ると、またもや国語の教科書が出てきた。


「え!?2冊も!?」


服の中からどんどん国語の教科書を出し、机の上に置いていく。


「む……無限増殖だ!すげぇ!」


それを見た治は気付いた。気付いてしまった。


「まてよ?これお金を増殖させれば……」


「それはだめ。お金はアイテムじゃない。」


「アイ……今なんて!?」


八は増殖した国語の教科書を1冊手に取り、女の子に差し出した。


桑子という子だった。


「はい。忘れたんでしょ?」


「え?」


八は今朝、桑子がカバンの中を探して焦っているのを見ていた。


どうやら教科書を忘れていたようだった。


「あの……私が忘れたの算数……」


八は固まってしまった。


「あ、いいよ。ありがとう。隣に見せてもらうから気にしないで。」


八は治の方を振り返った。


「もう一回頼む。」


「やだよ。」

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