お客さんの来ないお店の宣伝をするっす!

たまぞう

お客さんの来ないお店の宣伝をするっす!

 周りは四季それぞれにその色を変える山々に囲まれ、流れる川は鮎や山女が棲むくらいに綺麗な清流。水を湛えた棚田はこの時期朝日にも夕日にも映えると人気のスポット。


 そんな田舎に住む彼女は都会からこの地に嫁いできてそろそろ一年になろうかといった所だ。

 この時代に専業主婦なんかをして生活に苦労することもないのは、ひとえに旦那の稼ぎが良いからだ。そう言うとまるで金目当てに結婚したのかと思われそうだが、彼とは都会にいた時の大学時代からの付き合いで、その時分などはお互い学業とサークル活動以外はバイトに明け暮れたような日々。

 どちらも裕福な家庭ではなかったがために生活費やいずれ返さなければならない奨学金を稼ぐのに苦労するような、いわゆる苦学生に属する2人だった。

 その苦労が報われた彼からのプロポーズで彼女は寿退社をし、近年の流れからリモートでの働き方を選んだ旦那と共に旦那の故郷であるこの田舎に引っ越してきた。


 都会そだちの彼女がコンビニさえ2桁キロ離れたような田舎でやっていけるかが心配ではあったが、生来好奇心旺盛でコミュ力お化けとも揶揄された彼女にとってはこの自然も田舎のコミュニティさえも彼女いわく“楽しさに満ちあふれている”そうで、すっかり馴染んでしまった。


 そして、今彼女は何かしたいなどと思って趣味で作っていた人形や小物などを売るお店を始めた。

 都会でならそんな気楽には店など出来ない。まずもって家賃が高く趣味でやるには到底割が合わない。

 けれどそこは田舎。そしてコミュ力お化けの彼女は2軒隣の老夫婦から今は使われてない店舗を借りることに成功したのだ。息子たちを都会に取られた老夫婦からすれば娘のような彼女の相談は叶えなければならない愛おしいお願いでもあった。



「お客さんが来ないっす。」

 そんなお店で彼女はぷぅーっと膨れっ面して机に伏せていた。

 たまに近所の人が来てくれはするものの、ニーズが合わないのか今のところ初日に小さな小さな小物がいくつか売れたきりで、老夫婦でさえたまに来てもお茶して帰るだけであった。


 旦那も気にかけてくれていて、“それならチラシでも配ってみれば?ホームページを立ち上げてみるのもいいよね”と提案してくれた。

「それもそうっすね。ホームページは難しそうっすからとりあえずチラシから始めるっすよ。」

 都会そだちの彼女が宣伝という手段を忘れていたのは単純にこう言うことを自分でしたことがないから。お店を開ければお客さんが来るなんて簡単に考えていた。だって彼女などは欲しいものがあれば街に出るだけであれもこれもあるのが常だったし調べるまでもなく友達から情報は入ってきたのだから。



「初めまして、あなたが旦那さんの奥さんですね。よろしく。」

 旦那に相談した結果、知り合いの広告業の男性を紹介してくれた。チラシの費用については一旦旦那がもってくれて、それについても夫婦なんだからと貸し借りの話はなかった。

「よろしくお願いするっすよ!」

 彼女は自分のお店のことを説明する。自分の手仕事による小物販売だとか所在地だとか。

「それで名前はまだ付けてないっすけど、商品そのままの名前でとりあえず作って欲しいっすよ。」

 趣味のお店。そして商品のジャンルそのままの名前。この2つをでかでかとプリントすれば分かって、欲しいお客さんが来るはずっすと彼女は信じている。


「旦那さんからはお店のチラシとだけ聞いてたから、どんななのかなと楽しみにしてたけど、これはまた面白そうですね。やってみましょう。」

 どうやら彼女の熱意は伝わったらしく打ち合わせは進んでいく。

「それでロゴ…なんですけど、少しひねったのが良いと思うんですけど、何か希望はありますか?」

 彼女は少し考えて

「それならこの頭文字の縦棒を耳にしてもらっていいっすか?ほらうさぎの耳っす。それならなおさらお店のことも分かると思うっす。あ!それとその頭文字だけ色を変えてもらって可愛くしてもらっていいっすか!?」

 彼女はいい案を思いついたっとばかりだが、聞いている方は神妙な顔で“な、なるほど…”となっていて、そこに彼女は追い打ちをかけるように

「チラシ持ってきたらサービスするっすよっていうのも入れて欲しいっす」

 それはそれは満面の笑顔だったそうだ。



 それからも彼女は客の来ない日々を過ごしていたが、広告屋からチラシが今朝の朝刊に入ったと連絡を受けて!その日は昼の開店前からウキウキだ。


 午前中は彼女は家のことをしている。なので開店時間は昼頃から夕方までのごく短い時間だ。田舎らしく細かい事は気にしない。なのでお客さんが来るならこの時間に集中してしまう。

 それでも何人かでも来てくれればいいな、なんて控えめな期待を胸にお店に到着すれば人だかりが出来ていて、そこにはこの田舎の人じゃないと分かる人たちであふれていた。


 山間の自然豊かなこの田舎に人が集まっている。これほどとはチラシ恐るべし、などと喜びお店を開けてお客さんを招き入れる。

 中にはうさぎのぬいぐるみや人形、パッチワークなどのハンドメイド作品の並んだファンシーな空間が広がる。

 笑顔で扉を開けて招き入れる彼女と困惑顔の客。


「いらっしゃいっすよー…どうしたっすか?」

 何か変。それはお気楽な彼女でさえ分かるミスマッチ感。

 どう見てもうさぎを愛でる人たちとは思えないお客さんたち。というか100%男性客という異様さ。彼女も客も固まったままざわざわとした何とも言えない空気が辺りを包む。


「あ、あの…ぼ、ぼく、このチラシを見てきたんだけど…ち、ちがうのかな?」

 なんとも気持ちの悪い話し方でチラシを見せてきた客。彼女はそれを受け取って思わず赤面してしまう。

「な、なんなんすか!?これは…こ、ここはこんなお店じゃないっすよー!!」

 彼女の魂の叫びはこの自然豊かな田舎の山々でこだまして響いた。あとには彼女ひとり取り残されて。



 チラシにはでかでかとロゴと写真がプリントされている。

 “H and maidのお店”“趣味のお店♡”そして打ち合わせで撮られた彼女の写真はどうぞと出されたバナナを咥えた横顔。“なぜバナナ…お茶菓子にしてもおかしくない?”という疑問は放置してはいけなかったと知る。

 そしてそのHはピンク色の可愛いうさ耳風にされていて、デカデカと踊っている。ご丁寧にその周りにだけ小さなハートをふわふわ浮かばせて。

 それにメイドの綴りも違う。が、これは彼女が書き間違えたからで、もうそこから誤解が始まっていたのだと気づいて店先でうずくまってしまう。

 改めてチラシを恨めしく見る彼女。いくつか撮られた写真の1枚だと分かるそれは、無駄に高い技術で加工されメイド服を着せられて吹き出しには“サービスしちゃうよ♡”などと書かれており、これを見た男性諸君が誤解したことを責めることは出来なかった。


 結局その日、お店は開店することなく家で三角座りして足の間に頭を埋める彼女から事情を聞きチラシを見てひとしきり爆笑した旦那の抗議により、翌日にはちゃんとしたチラシが更に広い範囲に配られた。その中に“先のチラシは宣伝のためのジョークだ”と注釈が入っていた。それで収まるのかどうかは分からないが、お店の詳細を知り前のよりも気合の入った宣伝内容に、彼女のご機嫌はいとも容易く直ってしまったのは確か。



 後日、彼女のHandmadeのお店は宣伝効果により都会からもやってくる女性客で賑わい、時折訪れる男性客もなんとなしに買って帰りファンとなった。


 めでたしめでたし。




–あとがき–


…とそんな夢を見たエイミアだった。

「ダリルさん!?勝手に人を別世界に飛ばして変な展開にする妄想をした挙句に、まるで私の夢の話みたいな終わらせ方しないでくださいっす!!」

「でもありそうだったでしょ?」

「ぐぬぬ…否定出来ないのがつらいっす。」

「まあうさ耳魔術士の方でニホンの話が少なかったから、オマケ程度にだよ。」

「それにしても私のお話のオチが酷すぎるっす。」

「趣味のお店。どんな趣味だったのかな?」

「それはダリルさんの妄想っす!!私は至って普通の純情な乙女っすよ!!」

「そうだね。いずれは僕と2人でファミレス経営するんだもんね。」

「そうっすよ。そんないかがわしいお店じゃないっす。」

「人の妄想の話を聞いただけで、何を想像したの?僕は何もその内容までは口にしてないのに。」

「ああああああーーーーっ!!」

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