第3話

 また一時間後、昼前に一服しようと一階ロビーの喫煙室へ足を運んだ。煙草休憩は認められており新人だからと言って抑圧されることは無い。酒は飲まないのに煙草は吸うのかよ、と責められれば立つ瀬は無いが、有害度合は硝子の中で吸いさえすれば酔っ払いよりは低いだろう。煙を吐くのが魔法のようで子供の頃からの憧れだった。憧憬するには留まらなかったけど、等とノスタルジーに耽っていると案の定斜塔が入室してきた。

「…………」この時間にはよく鉢合わせるので、今更挨拶もせずライターを捻じる。これを狙っていた私は「あの、ロゼさん」と切り出し、先程と同様の説明をして第二の情報獲得を試みた。ラフな職場でなかったら一発退場のフード女は「やれやれ世話が焼けるわ」と嘆息して、頭に手を当てる。コイツも酒には強くはないはずだが仕事モードの残り香が鼻につく。

「確か一次会の終了は二十時三十分で、木根洲は二十時零分に酔いの限界を迎えて外で散歩してくると言い出た。二次会は四人で二十一時零分から二十一時三十分まで開かれて、閉店間際で慌てた角腐さんが本を買いに行きたいと言って、皆を地下街へ引っ張った」

「木根洲の言っていることとかなり違いますね」言おうとして喉に押し込む。今後の情報収集に響くかもしれないので先入観は与えないでおこう。木根洲は自身の退出を一次会の終わりと勘違いしたのだろうか。寄り道の時刻も店先も違う。因みに日頃口の悪い斜塔は目上に対しては腰の低くするタイプの愚か者だ。

「二十二時零分から二十時三十分までは三次会として東口方面のカラオケ店に入り、途中二十時三十分頃に追加の酒で獺祭さんが気絶した」

「カラオケまで行っていたんですか。何歌っていたんだろう」大事の身は置いといて、長渕剛でも選曲していたのだろうか。

「何だっけ。兎に角獺祭さんの意識は戻って二十二時四十分には全員駅に集まり、ロゼと旭は仕事関連の話を思い出したから、三人と別れて二十三時零分、鶴見で降りて駅前のサイゼリヤでランブルスコを飲みながら少し話した。二十三時三十分には店を出て別れて、二十三時四十分には家に着いた……と言った感じか」

「酔い潰れた木根洲と意思は疎通出来ました?」

「一次会以降駅ナカをフラフラしていたお蔭で酔いが抜けたのかね。帰り際は平気そうに見えたけど」

「ほぅほぅ」二人の証言を踏まえると、斜塔が嘘を吐いている場合はトイレの推理と同じ結果、特に斜塔への疑いが強くなり、木根洲が嘘を吐いている場合で犯人が角腐や獺祭の場合は、斜塔・木根洲と鶴見で別れた後に私を持ち帰った線があり、木根洲や斜塔の場合は斜塔の証言が偽である線がある。便宜的に嘘吐きを一人に限定したが、勿論複数かもしれないし嘘の程度や分量にも差があるし、調査対象がまだ二人である上に酒に弱い両者の記憶は当てにならない。嘘か妄言かさえ分からない状況で推理を進めるのは困難だが、着々と狙いを絞っていこう。今回の収穫は角腐や獺祭への疑念だ。

 ではお先に失礼、灰皿に手を伸ばそうとすると同調した斜塔と重なった。

「ごご、ごめんなさい」煙たがれるかと思い急いで引き戻すと吸い殻が指に乗り「あちち」よりみっともない姿を見せた。

「……意外と綺麗な手なんだね」何しているの、と冷めた視線に刺されるかと思えば、心配の眼差しを私の一部に送ってきた。意外とは余計だけど、その態度に惑わされながら喫煙室を出た。ニコチン混じりの溜め息を吐く。

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