薄氷

@chased_dogs

薄氷

 あるところに猫がいました。釣り竿担いで歩いています。

 犬もいました。なんにも持たず歩いています。

「見ろ、池が凍ってるぞ」

 猫が言いました。

「ああなんてこと、スケート靴を持ってこにゃ!」

 犬は慌てて駆け戻り、靴を抱えて持ってきました。

「滑るつもりかい?」

 と猫が訪ねても答えずに、代わりに池で滑り始めました。

「やれやれ、何がそんなに良いんだか」

 猫は呆れた様子で池の淵にある切り株の上に腰掛けると、釣り竿の先で池をつつきました。

 ちょん、ちょん、ちょん、とつつくたびに竿の先がたわみます。

 遠くの方では犬が滑っています。キラキラと、氷飛沫を上げて滑っています。

「おーい! 滑らんのか?」

 犬が叫びますと、

「遠慮する!」

 猫も叫びました。

「どうしてね?」

 犬が訊ねると猫は、

「靴がない!」

 と言い返しました。犬は諦めてまた滑りはじめました。


 それからしばらく後、薄暗かった空は次第に晴れ、暖かい太陽の光が降り注ぎ始めると、氷の上はキラキラと宝石のように輝きました。それを見て猫は喜び、犬に言いました。

「見ろ、池が光っているぞ!」

 それを聞いた犬はしかめっ面で言い返しました。

「ああ、眩しくてかなわんよ」

 犬がちっとも感心しないので、猫は腹を立てて言いました。

「陸に上がりなよ、見ないのかい?」

 それでも犬は知らんぷりして滑り続けました。

「はは、こんなに楽しいことはない!」

 滑りながら犬は叫びます。

「やれやれ、何がそんなに良いんだか」

 猫は呆れた様子で池の淵にある切り株の上に腰掛けると、釣り竿の先で池をつつきました。

 するとどうでしょう、ちょん、ちょん、ちょん、とつつくたび、池の氷が沈みます。

 遠くの方では犬が滑っています。キラキラと、氷飛沫を上げて滑っています。

「おーい! 戻ってこい!」

 猫が叫びますが、

「いやだね、誰がこんなに楽しいことをやめるもんか!」

 と犬は言い返しまして、言うことを聞きません。

 犬が勢い込んで滑るたび、池の氷がキュウキュウと鳴きました。

 空では太陽がギラギラと輝いています。

 池の上では黒い模様が見え始め、次第次第に顔のようになっていきます。

 捻くれた目と乱杭歯の笑い顔が猫を見ているようでした。

 ゴトゴトと、池の氷が音を立てて軋みます。

 猫は居ても立っても居られず、犬に向かって走り始めました。

「おーい、戻ってこい!」

 しかし犬は取り合わずに滑り続けます。

 氷のヒビがその後を追い駆けます。

 猫も続きます。

「おーい、戻ってこい!」

 猫は犬に飛びかかると、犬のスケート靴をすっかり脱がしてしまいました。

「何をする!」

 犬が怒って猫を押し返すと、猫は持っていたスケート靴を手放してしまいました。

 ヒュウ、と靴は宙を飛び、そして池の上に落ちました。

 池の氷はたちまち割れ、それですっかり犬と猫は池に落ちてしまいました。

「冷たい! 助けて!」

 猫は叫びました。

「なんて気持ちがいいんだろう!」

 犬も叫びました。


 それから犬は水の中を泳ぎ回り、すっかり凍え上がった猫を引き上げてやりましたとさ。

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