3.始まりと感動
一応説明しておこう。今僕はいじめっ子達の工作により凶悪な魔物が潜む森で遭難することになりなんやかんやで腕を切り落とす羽目になった。
そして不思議なことに切り落とした腕は何故か生えてきており、さらに不思議なことに自分の頭の中で謎の声が聞こえるようになったのだ。
因みに説明しておいてなんだが半日で収まる情報量を超えていると思う。僕も理解に苦しむくらいだ。
「え?」
(腕の復元だけでこんな持ってかれんのか、最悪だな)
なんなんだこれは!?あの魔石、いや心臓石?なのか?切り落とせなかったのか?
(魔石でも心臓石でもない。俺は神の欠片だ。お前の腕に入った時点で寄生は完了している)
「何で僕の心の声が聞こえる!?」
(お前が俺の宿主になったからだ)
「意味が分からない!」
ガサガサ、草むらが揺れた。大きい声を出し過ぎたようだ。気のせいだろうか?草むらの奥から何かがこちらをじーっと見つめている感じがする。
そういえば母が弓矢で獲物を狙っていた時もこんな感じの威圧感を放っていたことを思い出した。森がちょっとトラウマになりそうだ。
(なぜか凄く寒気がする。ひもなしバンジーを無理やりやらされたときと同じくらい生命の危機を感じる。場所を移そう)
「ひもなしバンジーが何かはわからないけど同感だよ。いち早く安全に身を守れる場所を探そう」
あまりの恐怖にお互い声が震えていた。
僕はこいつへの恐怖の方が大きい気がするが、まぁ不安要素は少ない方がいいに越したことはない。
丁度近くに洞穴らしきところがあったので僕はそこへ避難することにした。
「んで、君は何なの?僕が宿主って何?」
(俺は恐王だ。恐怖を司る神の欠片、その姿は電気を司る最古の龍その名は雷龍、最もドラゴンでなくワームだがな。因みに龍の名前を捨てる気はない。あと宿主は俺達の寄生先の事だ)
「なるほど」
1から10まで分からない。恐怖を司る神であり、最古の龍でもある。しかもドラゴンじゃなくてワームと来たか。こいつは何を言っているのだろう?
この世にあるあまたの宗教の本も生物図鑑をも読破した僕だから自信をもって言えるが恐怖を司る神はこの世に存在しないし世界最古の龍は黒龍だ。後、ワームとドラゴンには生物的な関係性はないとここ最近の研究で明らかになっている。
ここまで説得力に欠けた自己紹介は初めて耳にした。最後のは論外だ。
「僕に寄生したって事は、僕死ぬの?」
涙声になりながら聞いた。
(死なない。むしろ死ねなくなった)
「??まぁいいや、とりあえずあんまり深く考えないようにするよ。僕もう疲れたし外は危険だし、今日はここで寝る事にする」
(いいのか?)
「今帰ろうとする方が自殺行為だよ。朝日が昇るまで安全なところにいた方がいい」
(いやだからここはその安全とは程遠いぞ)
「??」
(ほら、あれ)
後ろに振り返ってみると不思議な事に洞穴の主らしきオオカミ型の大きな魔物がこちらを美味しそうな食事でも見るかのように牙をチラつかせながら見つめていた。
「いや、」
多分完璧なスタートダッシュだったと思う。結構いい感じのフォームで僕は勢いよく走り出した。
「早めに言っとけよ!!」
(サプライズ)
「そのサプライズ文字通り心臓が止まるかと思ったよ」
僕の足は結構速い方だったと思っていたが流石に魔物相手には無理がある。
距離が少しづつ縮まり始めているのが分かる。爆弾を片手に導火線の炎から逃げている気分だ。
(少年何故逃げる?早く倒せばいいのに、この世界には魔法というものがあるのだろう?)
「馬鹿言うな!僕は魔力がないんだ!魔法は使えない!それにあの魔物心臓石持ちだ」
(心臓石持ち?)
「一般の魔物とは違い心臓部分が石になってる変異種だ。一般の魔物よりちょっと強い」
(あぁ、なるほど。そりゃ困ったな)
「他人事みたいに言うなよ!僕の命の危機ってことは寄生してる君も大分危ない状況なんじゃないの?神様だって言うなら何とかしてよ!」
僕がそう懇願しているとこいつはまるでその言葉を待っていたかのように、微かに笑いながら答えた。
(いいだろう!この俺、いや雷龍、いや恐王の力を!お前に貸そう。だがその代わりお前にはこれからその力をもって他の神の欠片共を倒してもらう。いいな?少年)
意味はよく分からなかったが助かるならこの際何でもいい。僕は首を縦に振り、了承した。
(ではやって見せるといい!もとより魂は今すでに交わっている。お前はすでに俺の半身だ。雷龍の力、使うがいい!)
..................
「どうやって!?」
(名前で察しろ。電気を司る最古の龍、雷龍だぞ。電気っぽいことなら何でもできる。好きなようにやれ!イメージだイメージ)
期待した僕が馬鹿だったのか?投げ槍が過ぎる。こんなの文字の読めない子供に料理本を渡して『これでおいしい飯を作るといい』と言ってるようなものじゃないか。
きっと僕はこのまま逃げ切れずに死ぬんだろうな。しょうもない人生だった。
今思えば僕はいろんなものから逃げてきた。魔力がない自分と向き合わず努力に逃げて、その努力も馬鹿にされ知識へ逃げて、父上に面と向かって魔法の才能がないという現実を突きつけられてもなお逃げて続けて、逃げ場を失った悲しみから先生の言葉に逃げて、僕は本気で何かに立ち向かったことがあっただろうか?
僕はこのまま全てから逃げて続けて終わるのか?現実からも魔物からも逃げて?夢もかなえられず馬鹿にされたまま終わるのか?
そんなことを思っているとプツンと僕の中で何かが切れた。
そんなのは嫌だ。どうせ死ぬなら最後くらい立ち向かってやる。
逃げる足を止めた。背後からとんでもない殺意の塊が向かっているのに不思議と恐怖はない。
自分の恐怖支配した気分だ。最後に僕はこいつに聞いた。
「なぁ、何でもできるんだよな?」
(あぁ、お前ができると思えばな)
僕は一か八かの賭けに出た。本当にできるなんて保証はなかった。普通ならこんな僕然とした答えに希望は持たないだろう。でもそれは、僕が現実に立ち向かうために、逃げ出さないために、夢を掲げるために、自分を否定しないために、今希望を乗せるには十分すぎる言葉だった。
僕はすごい勢いで突進してくる魔物を睨んだ。そして右手を掲げ、目をつむり一息吸うと。詠唱をした。
「我が身を駆け巡る稲妻よ、我が手に収斂し虚飾の力を纏いたまえ、叶うのならばその雷鳴の如き咆哮を持って、悉くを凌駕して見せよ!『ライトニングブレス』」
その瞬間、雷鳴が響いた。手には感じたことがない衝撃が走った。僕は目の前の光景に、あまりにも現実味のないそれに見惚れた。
地面には破れるまで読んだ本に書いてあった魔法陣が、そして右手からは物理法則を無視しているであろう電撃が、夢にまで見た光景だ。一生見ることのできなかった光景だ。
自然と涙を流した。多分これが感動ってやつなのだろう。
「魔法を..僕が..魔法を使ってる...」
なんだろう、涙のせいだろうか、視界が揺らぐ。電撃の光がまぶしい。
「あ、終わった?のか?体感時間早いんだな、こういうのって......あれ...意識が..朦朧と..」
疲れてしまったのだろうか?意識が朦朧とし始めた。
「あれ...てか..僕の右手...消えてない?...てか..魔物..まだ...死んで..なくっ!?......ぶはっ!」
さっきまでの興奮で熱くなっていた僕の体が嘘だったみたいに不快な冷たさに覆われた。結構人生変えるくらいの葛藤をしたのにあっさり持ってかれた。
どうやら魔物はまだ死んでいなかったようだ。勢いよく突進してきた魔物は僕の腹を切り裂いた。
朦朧とした意識の中で最後に目にしたのは地面に転がってる僕の内臓だった。
あまりにもあっさりとし過ぎていた。これで終わり?嫌だなぁ。こういうのはこれから何かが始まるものじゃないのか?でも。
「最後に..魔法が使えて...すぅ..よかったぁ......」
意識が途切れる間際まで僕は人生初の魔法を行使した余韻を味わっていた。今なら何故か千切れている右手の事も気にならない。むしろ痛みも気持ちいくらいだ。
僕は死んだように眠りについた。
気が付くと眩い光が差していた。
「ここは、天国か?」
目を開けると朝だった。ここは昨晩僕が死んだはずの場所じゃないか。
というかなんで生きているんだ僕は?夢だったのか?
そう思い周りを見渡すと食い散らかされていた内臓が散らばっていた。多分僕のだ。
「夢じゃないみたいだな。てか気持ち悪い。何がどうなっているんだ?右手もまた生えてるし」
そんな右手を見ていると昨晩の出来事がフラッシュバックしてきた。思わず嘔吐してしまった。体中から変な汗が出てくる。
あの時は死を覚悟して全て諦めこの人生に悔いはない的なことを思っていたが腹を引き裂かれ内臓をえぐられた時の痛みを思い出すと身震いが止まらない。
そんな状況もつかめず無駄に痛みの感覚を思い出しているとまたあの声が聞こえてきた。
(な?言っただろ?お前は死なない、いや死ねない、つか死なせない)
何そのカッコいいセリフ惚れそうなんだけど。
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