2.出会いと恐怖
日が昇りもうすっかり朝だ。あの後僕は父上とは一言も話さず死んだように眠りについた。
因みに遅刻だ。走る気力も起きない。というか今日は実技授業だからより一層やる気が出ない。
「さぁ皆さん今日は夏休み前最後の授業ですので、魔法の実技をやります!」
「マジ!?やってぜ!」
「俺の電気魔法を見せてやる!」
「ふふ、やる気があるようで何よりです。では水と風と土属性の子はカミツ・ゼズチ先生と、雷と炎属性の子は私と実技でっ、」
ガチャ
何やら授業の説明をしていたようだが気にせず扉を開けた。
「おはようございます」
「遅刻ですかトレット君?」
「はい、ごめんなさい」
「??今日はなんだか元気がないですね。大丈夫ですか?」
「元気なら今入りました。」
「??それならよかった?です?」
年行ってる癖に妙に美人だからイラつく。
ここは魔法学校、と言っても田舎のだからそこまで専門的なことが学べるわけじゃない。
所詮は魔力の扱い方や自分の属性への対応のさせ方などの初歩的な事しか習わない。
だから実技の授業は珍しいわけでみんなは大喜びだ。特に初等部は年に2回あるかないかくらいだから尚更だ。
「皆さん、今日は前回習いました。「初級魔法の詠唱法」の実用化をやります。まず魔法というのは皆さんがご存じの通り決まった詠唱法に沿って言葉を並べると体を流れる魔力が形になり放出される現象です。とは言ってもその言葉の意味への理解度やイメージがある程度固まっていなければその現象は発生しません。ですので今回はなるべく安全やそのほかの点も考量して威力の弱い簡単な言葉を使い「初級魔法の詠唱法」の実用化をしましょう」
先生が言葉を言い終えるとみんなははいと返事をしてそれぞれ試行錯誤をしながら自分のイメージに合った言葉を探し初級魔法の練習に入った。練習と言っても大体は難なく自分の属性に合った初級魔法がすぐに使えるようになるのでこれは実質未だに魔法が使えない子を炙り出すための行為だ。
因みに魔法の詠唱は使う言葉やイメージだけではなく詠唱法にその力は異なる。
基本的には(魔力源と属性の指定)(魔力を集中させる場所と使う魔法のレベルの指定)(魔法の効果の指定)この3つの文で構成されるが、中級、上級となっていくとさらに1文1文を細かく分けて詠唱する場合がほとんどだ。因みに僕は中級までの詠唱法はすでに覚えている。
「我が身を駆け巡る稲妻よ、我が手に収斂し虚飾の力を纏いたまえ、叶うのならばその雷鳴の如き咆哮を持って、悉くを凌駕して見せよ!『ライトニングブレス』」
と、詠唱はするものの。出ないものは出ないわけで。
「ぎゃはは!見ろよあいつ詠唱だけは一人前だぜw」
「中級魔法の詠唱知ってるの凄いでちゅねぇ~、お勉強頑張りまちたね~劣等生のレッド君ww」
「ライトニングブレスってなんだよww」
馬鹿にされるわけだ。何回も見たよこのパターンは。
そう、みんなにとっては楽しい授業かもしれないが僕にとっては地獄だ。
詠唱しても出るはずのない魔法をずっと詠唱させられるのはかなり恥ずかしい。
「こ~ら、皆さん!トレット君をいじめてはいけません。彼も頑張っているのですから!」
「ごめんなさい」
「すんません」
あぁ、マイハニィ、先生、僕のオアシスだよあなたは。でもすみません。僕には熟女趣味はないんです。
「トレット君、やはり実技は厳しいですか?」
「は、はい、努力はしているんですが、やっぱり、ね」
「トレット君...」
そんな憐れむような目はしないでください。それ、少し心に刺さりますよ。先生。
「昨日父上に初めて面と向かって言われたんです。お前には魔法は無理だ。諦めなさいって、今からでも剣術をやりなさいって、、正直わかってました。僕には魔法の才能がない。いやそれ以前の問題です。僕には魔力がほとんどない。こんな僕が魔法使いになろうなんざ無理な話なんです。諦めた方がいいんですかね?僕?」
僕がそういうと先生は優しく僕の頭をなでてこう言ってくれた。
「トレット君は今迷子になっているのです。道に迷うことは誰にだってあります。そんな時は自分が向かってきた方向を思い出してください。あなたはまだ若い。あまり深く考えずその方向に向かって走ればいいんです。大丈夫!あなたくらいの年ならどこかで間違っているって気が付いてもまだ軌道修正が効きます!」
「でも、僕魔力がないんですよ?」
「ないものは誰かに補ってもらえばいいじゃないですか。別に戦う事だけが魔法ではありません。魔力がなくとも知力があれば魔術研究はできます。その点、あなたの頭脳ならそういったところで光ると思いますよ?もし魔術研究で魔法を開発出来たらそれはもう立派な魔法使いじゃありませんか?」
「先生、、」
「応援してますよ。トレット君。でも先生の指示を無視したのは感心しませんよ。万が一のためにもあまり強い意味を持つ言葉は使わないでください」
「はい、すみません」
結構響いた。心の波長が整った気分だ。そうだよ。別に戦う必要はないじゃないか。魔法を行使しない魔法使いか、悪くない。なんて思ってしまった自分が恥ずかしい。
と、落ち着いていられたのもつかの間。学校も終わり、やってくるのは最悪な放課後、いじめの時間だ。
「おら、早く歩けよノロマ、日が暮れちまうだろうがよ」
「か、勘弁してよ、デッブス君、流石にこれはい、嫌だよ」
「あ?デッブス様こいつ懲りてないですよ。敬語を使おうともしてません」
「こりゃ罰を与えないとですねぇww」
手を拘束された上に心臓石を持つ凶悪な魔物が出現するといわれてる森の前まで連れてこられた。
これはほとんど拉致じゃないのか?この行為は許されるのか?
疑問はあったが殴られるのもあまり好ましくないので大人しくしていたが
「早くいけよ。お前の御父上からもらった大切なペンダントなんだろ?あれ?早く取りに行けよ」
「森の奥に隠してやったんだぞ。これなら見つけがいもあるってもんだろ?感謝しろよトレットww」
「い、嫌だよ、こ、この森には、魔物がいるんだよ。僕、死にたくない」
「いいからとっとと行け!」
ペンダントとかもう正直どうだっていい。こんな森の中に僕みたいないたいけな美少年をほうり込むとかこいつら一体どんな神経しているんだ。
何より手を拘束されたままだ。自殺行為にもほどがある。というかこれ明らかに何らかの罪に該当しているだろ。
まぁ、殴られるのは嫌だったので、僕は意を決して渋々森の中へ進むことにした。
生まれて初めて感じる生命の危機、草むらが揺れるたびに僕の心臓と意識も揺れる。
とにかく早くペンダントを見つけないと、僕は必死になって探した。だがここは森だ、かくれんぼはいつも一人も見つけられずにみんなに置いてきぼりにされた僕だ。
森でペンダントを探せだなんて、モグラに潜るなって言ってるようなものだ。
「どこだどこだ。僕のペンダントはどこだ。あいつら絶対に殺す。いつか殺す。僕をこんな目にあわせるとか、絶対に許さない」
と、躍起になってペンダントを探していると僕の手を拘束していた縄が解けた。案外緩かったみたいだ。
「あいつそろそろ気づきましたかね?」
「くくく、間抜けで笑えますね。デブス様」
「あん?」
「あ、すみません」
「っけ、まぁ気づいたから何だって話だけどな。ペンダントが見つかったからって森から出られるわけじゃないだろ。あいつ鬱陶しいんだよ。魔力ないくせに筆記だけで成績取りやがって、精々迷子になって魔物にでも食われてくれることを願うよ」
「んじゃ、僕らは帰りましょっか?」
「だな」
「ぎゃははw」
殺意が沸いた。心の底からの殺意だ。僕の手を拘束していたのは縄じゃなかった。父からもらったペンダントだった。
「あいつら僕をおちょくりやがって!殴る蹴るはまだ許せる。正直痛いのは嫌いじゃないし、でもこれは許せない!これ最後まで気が付かなかったら僕ずっと森の中で見つかるはずのないものを探し続ける羽目になってたんだぞ!...でもまぁ見つかったしいっか、さて帰るか......あ」
そういえばここはどこだろう?
詰みの感覚を覚えた。魔物がいる森で迷子?冗談じゃない。笑えない。
「い、いや、大丈夫だ。落ち着こう。焦りは死への片道切符だ。でも、どうする...」
こんな時、魔力がない自分を心底嫌いになる。魔法信号で助けすら呼べない。自力で解決のしようがない。
だが不幸中の幸いここは魔物が出るといわれている森だ。魔物の体内には魔石という魔力が詰まった物質がある。
使い捨てではあるが一時的に魔術として魔法が使えるわけだ。魔石の無断使用は違法に当たると聞くが、背に腹は代えられない。
魔術信号くらいなら一個で済むし問題はないだろう。
「一匹くらい、その辺に魔物の死体とかないかなぁ」
流石に魔物を殺す実力なんて僕にはないので魔石の入った死体がその辺に落ちていることに賭けるしかなかった。
そんな希望をかけて当たり一体を探しまわってはみたものの。そう簡単に見つかるわけもなく、日は暮れ月光の光で何とか視界が見えるか見えないかくらいには森も暗くなってしまった。
魔物の声が聞こえてくる。僕は涙目になりながらも必死に魔石を探し続けた。
「あぁ、詰んだ。絶対に死ぬ。魔物に食われて死ぬ。ナイフあるし最悪これで苦しまずに自害しよう」
そんな他愛もないことを考えていると、草むらの方から薄明り、いや、電気を纏っているであろう何かが見えた。
「なんだろうあれ?」
気になってしまったものは仕方がない。僕は草むらの方へ向かい。それが何か確認しようとした。
「魔石?」
形はまるで魔石だった。でも違う。魔石図鑑にはこんな真っ黒な魔石はなかった。
どちらかと言えば魔物の心臓石に近いかもしれないが、魔物の心臓石には魔力がない。電気を纏っているのはおかしい。
何より不可解なのは、
「何でこれ単体なんだ?」
魔物の死体がない。他の魔物が食べたのかもしれないがそれならせめて骨くらいは残ってもいいはずだ。
だがここには何も残っていない。あるのはこのよくわからない魔石っぽい何かのみ。
気になる点は多かったがこの際助かれば何でもいい。僕はその魔石を手に取り魔術信号を出すことにした。
「その身を駆け巡る虚構よ、我が手に収斂し虚飾の力を虚空にはなっ、て...」
詠唱の途中だったが目の前の衝撃的な光景に思わず口が止まった。
手に持っていたはずの魔石が、僕の手の中へと入りこんできた。
意味が分からない。幻覚か何かだろうか?焦りは死への片道切符だと聞くがここで焦らないとどらちにしろまずいことが起きそうだと思い込んだ僕は思わずナイフを取り出した。
黒魔術の類かもしれない。意味不明なことが起こるよりかはマシだ。僕はそのナイフで自分の腕を切り落とす覚悟を決めた。痛みか恐怖か、どちらのせいかは分からないが涙を超えて血涙なるものまで出てきたが構わずに腕を切り落とした。
「はぁ..はぁ..何だったんだ。あれ」
脳みそは恐怖を感じたり、あるいは一定の緊張状態に陥ると痛みや疲れを忘れさせるアドレナリンなる物質を分泌するらしい。
多分それだろう。切り落とした部位の痛みがほとんどない。切っている最中はあんなに痛かったのに不思議なものだ。
「あ、止血しないと...っっ!?」
切り落とした部位に目を向けた。世の中不思議なことが立て続けに起こることもあるものだ。
腕が、再生し始めていた。
(おいおい、普通利き腕は犠牲にしないもんだろぉ?)
「え?」
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