第2話
時は数日ほど遡る。
その日、俺はこの世界に来てから交流を深めることになった女の子と会っていた。
「実はさ、まだ渡航していいよ~っていう許可が降りなくて
」
とある喫茶店のボックス席にて、向かいに座った女の子はそう言うと苦笑して見せた。
女の子の名前はミズキ。
俺と同じ日本から来た存在だ。
そして、これまた俺と同じように意図せずに、そう、事故のようなものでこちらの世界に来た存在だった。
「でね、時間が出来たってのもあって、君に紙芝居作りを手伝ってほしいわけ」
「別にいいけど」
「ほんと?!
やった!!」
ミズキは無邪気にはしゃいだ。
「それじゃそれじゃ、さっそくだけど次の話はどんな話がいいと思う?
また雨月物語いっちゃう?
それとも四谷怪談とか??」
ミズキが言った時、注文したソーセージとポテトが山盛りになった皿が届いた。
ジュースも届く。
ソーセージを見て、ふととある童話を思い出した。
「【絞首架の男】とかは?」
「なにそれ?」
「知らないか?
グリム童話だよ」
「グリム童話って、実は残酷だった系のあの?」
「そうそれ」
「そんなタイトルの話、あったっけ?」
「初版にのみ収録されて、二版以降には削除された話だったはず。
あとは、青髭とか。
こっちも、初版にのみ収録されてるらしい」
言ってて、気づいた。
めっちゃマニアックな話だった。
「雨月物語といい、なんでそんな話知ってるの」
「死んだ爺ちゃんが読書家で、爺ちゃんの家にたくさんその類の本があったんだよ」
それもちゃんと日本語訳のやつがあって、爺ちゃんの家に引き取られてからは、ずっとそれらを読んで過ごしていた。
さながら学校の図書室か町の図書館並に、そういった物語関連の本がたくさん置いてあった。
日本のものだけで、それなりの数があった。
海外の訳された物も含めると、本当どれだけの蔵書量だったのかと改めて思い知られされる。
その中にグリム童話もあったのだ。
「いや、それはそうなんだろうけど、そうじゃなくて」
ミズキはなにか言おうとするが、うまく言葉に出来なかったらしい。
「……まぁ、いいや。
その【青髭】ってどんな話なの??」
「大金持ちが奥さん取っかえ引っ変えして殺しまくって、最後には自分が新しい嫁さんの兄に殺される話」
「うわぁ、陰惨だぁ。
つーか子供向けじゃないでしょ」
「まぁ、初期のグリム童話あるあるかな。
ちなみに青髭にはモデルがいるよ」
なんて、知ってることを話す。
それを見て、聞いていたミズキがニコニコする。
あまりにも楽しそうに、ニコニコするものだからつい、
「楽しそうだな、ミズキ」
なんて呟いたら、ミズキは目をぱちくりさせた。
そして、こう返してきた。
「それは、君の方だよ」
「……へ??」
思わず、間抜けな声が出てしまった。
続いてミズキは、
「ねぇ、ウィルさんも、そう思わない?」
俺の背後のボックス席に座っているウィリアム――ウィルさんへ、そう声を掛けた。
「……知らないよ」
ウィルさんが不機嫌そうに返す。
本当なら、この場にはミルさんが来るはずだった。
というのも、ミルさんは俺の監視役兼護衛でもあるからだ。
元々監視役というか保護者ではあった。
でも、彼女一人では不都合が出てきたため、ウィルさんもその役に割り振られたらしい。
今回、ミルさんは急用でこれなくなった。
そのため、急遽ウィルさんが来たのである。
「知らない、は無いでしょう。
一緒に住んでるって聞いてますよ」
弾んだ声で言うミズキに、俺は苦笑しながら説明する。
「あ、あー、仕事以外だとまず顔合わせないから」
こうして出かける時は、たいがいミルさんが一緒だ。
「ご飯は?
一緒に食べたりしないの?」
「まぁ、うん、別々」
「家事とかどうしてるの?」
「基本、俺がやってる。
居候だし」
そう説明すると、ウィルさんが舌打ちしたのが聞こえた。
いや、でも、放っておくと一週間分の洗濯物が溜まってたりするし。
なんなら、ゲームばっかりでご飯食べないんだよなあ、この人。
作って部屋の前に置いておいたら、普通に食べてはいるみたいだけど。
つーか、ウィルさん今までどうやって生活してたんだろ。
とくに食に関して。
もしかしたら、家族の誰かが差し入れしてたのかもなぁ。
親子仲はいいみたいだし。
「ふぅん、そうなんだ」
ミズキがどこか楽しげに、俺の背後へ視線をやった。
すると、その視線に答えるかのようにウィルさんの不機嫌そうな声が、ミズキへ向けられた。
「なに??」
「ん~~、いやぁ何ていうか、ウィルさんって優しいなぁって思って。
嫌そうな素振りしてますけど、ここにいるの楽しんでますよね?」
ウィルさんは、呆れたように大きな息を吐き出した。
そして、
「君らはオフかもしれないけど、こっちは仕事なんだよ」
嫌味ったらしくそんなことを口にしたのだった。
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