そしてハジマル、終わったはずの物語
第1話
暗闇の中、彼は目覚めた。
手を伸ばす。
すぐに、伸ばした手は何かに触れた。
それは、蓋だった。
立派な棺桶の蓋。
それを、内側から開ける。
月光が彼にやさしく降り注いだ。
クンクン、と匂いを嗅ぐ。
懐かしい気配、懐かしい匂いがした気がしたのだ。
銀色の髪に、赤い瞳をした青年だった。
彼は、吸血鬼である。
それも、【神祖】あるい【真祖】と呼ばれる吸血鬼であった。
吸血鬼の中でも、とくに畏れられる存在。
神と同等に扱われる存在。
そんな彼は、しかし、まるで迷子の幼子のような、仔犬のような顔をしてキョロキョロと周囲を見回した。
「……お腹減った」
懐かしい匂いに刺激されたのか、彼は自身の空腹に気づく。
でも、それを満たしてくれていた存在は、もういない。
イナムラマコトはもういない。
この世界のどこにも、もういない。
帰ってしまったから。
役割を終えて、元いた世界に帰ってしまったから。
だから、先程感じた気配も、匂いもきっと夢だ。
幻だ。
それが嫌でも突きつけられる。
だから、
「…………」
真祖の吸血鬼、ジル・ブランヴィリエは窓を見た。
その先にある、月を見た。
変わらずに、ずっと存在し続けている月を悲しそうに見つめ続けた。
そして、またクンクンと漂ってきた匂いを嗅いだ。
「!!!!」
ジルは目を丸くして、もう一度周囲を見る。
殺風景な空間が広がっている。
夢でも幻でもない、匂いと気配がたしかに感じられた。
「マコト、戻ってきたんだ」
子供のように、彼の声が弾んだ。
彼は立ち上がり、窓に近づく。
窓を開ける。
そして、その背に蝙蝠のような翼を生やすと、空に飛び立ったのだった。
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