第20話

***


舐めていた。

油断していた。

そう言われてしまえば、否定のしようがない。


四肢全てを吹っ飛ばされた。

胴体もだ。


「なんなんだ、アイツ」


痛みは無い。

あるのは、動揺、戸惑い……否。

妙な興奮だった。

エドは興奮していた。

逆に殺されるかもしれなかった、あの状況を思い出す。

すると、それだけで心が踊った。

己の運命、その存在に感じたそのとは違う。

気分の高揚。


感情もなにも読み取れなかった。

何も無かった。

彼には、あの護衛には、何も無かったのだ。

虚無とも違う、完全な無。

そんなことがあるのだろうか?

答えは、ありえない。

存在しているからこそ、生きているからこそ。

それはありえない。

では、どういったことが考えられる??


エドは考えた。

生首になった状態で、考えた。

そして、やがて、それに行き着いた。

その考えに行き着いた。


まるで、それは、それは――……。


至った考えに、エドは笑った。

ありえないからだ。

でも、現実にそれは起きている。

あの護衛、偽物魔族。

内乱で天から地に落とされた、天使、あるいは神族の末裔。

それだけの存在のはずだ。

けれど、現実にはエドよりも上位の力を示した。


それは、つまり、あの偽物が、上位存在である神々と同じ力を持っているということだった。


エドは、笑った。

笑って。

笑って。

そして、嘲笑った。


どうやら、しばらくは退屈しないで済みそうだ。

そのことに、笑って、嘲笑った。

そんな彼の頭に影が差した。

見上げると、美しい女が立っていた。

綺麗な白髪、そして、着ているものも純白のワンピースだ。

その女が何者なのか、エドはすぐに理解した。

それは、本来ならすでに、この世界にはいない存在だった。

女は、軽く指を打ち鳴らした。

たったそれだけ。

たったそれだけで、エドの体が再生した。


「ふむ、さて、何が起きてる??」


どこか詠うように、夢心地のような声で女が問いかけた。

しかし、エドは動けない。

なぜなら、この女は文字通り女神だからだ。

それも、エド達本来の魔族や、天使達を生み出した上位の神々よりもさらに上の存在だ。

本来なら、エドのような魔族ですら見ることはおろか、言葉を交わすことすら出来ないはずの存在だ。


「…………」


エドは、答えない。

答えられない。

しかし、元より答えなど期待していないのか、女神はエドを見つめながら呟く。


「まるで話が違うじゃないか

あの人間が、謀ったか?」


あの人間。

それが誰のことを言っているのか、エドにはわからない。

まるで、わからない。


「いいや、ありえない。

それでも、と願ったのはあの人間だ。

どの世界でも、それは変わらないはずだ。

なら、なにか、把握しきれていない異分子か紛れ込んでいる??」


そんなことを言った後。

女神は、エドを見つめた。

そして、首を横に振った。


「お前との接触はもっとずっと後のはずだ。

なぜ、ここで接触した?」


問われたエドはしかし、答えを持ち合わせていなかった。


「そう、そうだ。

そもそも年齢が違うじゃないか」


女神は気にせす、そんな意味のわからないことを呟いた。

そして、エドへ手を伸ばしたかと思うと、その眼を二つとも潰してしまった。

衝撃はあったが、痛みは無かった。

そもそも、逃げるという選択肢すらエドには無かった。

だからされるがままとなっていた。


「まぁ、いい。

お前は、あの器にいつだって恋をするからな。

どの世界でも、あの器に恋をして、そして愛してしまうからな。

なればこそ丁度いい」


なんて言って、女神は潰したエドの眼を再生させた。

いや、新しい目を与えた。

監視するために。

器――アキラと、この世界になにが起きてるのか監視するために、エドに新しい眼を与えたのだ。


そこで、エドの意識はいったん途切れた。

つぎに目覚めた時、エドはこの世界のどこぞの町にある宿、そのベッドの上にいた。


もしも、エドが人間だったなら。

夢を見たのだろう、と結論づけたことだろう。

しかし、あの光景が夢でないことを、何となくエドは確信していた。

なぜなら、魔族は夢を見ないのだ。


そもそも睡眠を取るということもない。


体を起こし、ふと部屋に備え付けられた鏡台が目に入る。

この部屋には誰もいなかった。

誰がエドをここに運んだのかすらもわからない。

しかし、そんなことは些細なことすぎてどうでも良かった。

エドは鏡台に近づいて、その鏡に自分を写してみた。


そこには。

そこには。


灰色の髪をした少年が映っていた。

違うのは、目だった。

髪と同系色だったはずの目が、まるでガラス玉のような透き通った黄金色をしていたのだ。

これを喜んでいいのか、いまいちわからない。

なんとも微妙な顔つきになっていたエドに声が掛かった。

気配もなにもなく、その声は、エドに向けられていた。

振り向くと、今度は短い黒髪の見知らぬ女が、さっきまでエドが寝ていたベッドに腰掛けていた。


「思ったより早いお目覚めだったな?」


「誰だ、お前??」


女神とは違う。

人に近いが、でも人とも違う存在だった。

だからか、今度はエドは黒髪の女に声をかけた。

黒髪の女は、少し楽しそうに、面白そうに答えた。


「そうだなぁ、魔女かな。

そう、ハジマリの魔女だ。

この世界でも、シェリルと呼ばれている。

以後、お見知り置きを」


なんて言って、本当に楽しそうに黒髪の女――シェリルは答えたのだった。

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