第11話
「さて、読むか」
普通に読書をするのと変わらない。
宣言にもならない、ただの呟き。
寮の自室にて、ミルは、自分が拾った少年、稲村明に関する報告書に目を通していた。
そこには、身体検査をした限りでの、彼の今までが淡々と記されていた。
たとえば、産まれる前。
母親の腹の中ですでに死んでいたこと。
それを、おそらく上位存在が手を貸してわざわざ存命させたこと。
そして、その蘇生と延命の代償として、生まれてからは、何度も、何度も。
「…………」
何度も何度も何度も何度も、頭のおかしくなった母親にあちこちを滅多刺しにされて殺されて来たこと。
何度も何度も何度も何度も、やっぱり頭のおかしくなった父親にも殴られて殺されて来たこと。
そうやって、死んでは生き返り、死んでは生き返るという、おおよそ普通のニンゲンからかけ離れた時間を送ってきただろうことが書かれていた。
報告書によれば、本人にはその自覚が極めて薄かった。
カウンセリングによる聞き取りでは、自殺願望はある。
でも、それは生きることに疲れたから。
ただ、休んでそのままずっと寝ていたかったから。
というもので。
死への恐怖ですら、希薄だった。
「……なんのために生まれてきたんだ?」
もしくは、【どうして、こんな不合理な存在が望まれて存在しているのか?】と言い換えた方が良いかもしれない。
どうして上位存在は、彼をそんな、【壊れない人形】として産み落としてしまったのか。
とても謎だった。
最初、ミルは彼を安心させ、信用してもらうために、否定をしなかった。
彼に自殺願望があるのは、見てすぐわかったからだ。
幸いにも言葉を交わして、意思疎通が出来るとわかった。
だから、【今は、私の仕事のためにも死なないでほしい。仕事の後、自由になったら、その時は君の好きにしてほしい。どこで死のうが、君は自由だ。私はその君の意志を尊重する】という旨の言葉を投げた。
彼は、そのミルの言葉を素直に受け取ってくれた。
彼は、とても安心したように見えた。
だからだろう。
ミルに持参していたロープを渡してくれた。
そして、今もミルやミルが所属する組織に来ても、指示に従っている。
自殺願望がありながら、精神的にはとても安定している。
そう、それはまるで――。
「能力値システムによる効果支配に似てるな」
転生、転移者達の口にする、ゲームに出てくる能力値やスキルがひと目でわかる、アレだ。
召喚した役者、そうでない役者。
それらを乗せて動かすには丁度いい、ということで神界から提案され実装されたシステムである。
これのおかげで、召喚された勇者たちは面白いくらい思い通りに動いてくれるようになったし、こちらのシナリオの調整も楽になった。
一般的にも浸透しているので、進路を決める際にも役立っているのがなんとも皮肉である。
さて、その能力値システム、所謂ステータスシステムに表示されるものに、【耐性スキル】と呼ばれるものがある。
この【耐性スキル】にも様々な種類がある。
その中に【苦痛耐性スキル】というものがあるのだが、彼がまるで痛みというものを感じていないのは、その効果によく似ているのだ。
しかし、検査をした限りでは、彼は【能無し】だった。
魔法も、技も、耐性も表示されない一般人だ。
能無しは、別に珍しくもない。
この世界にも魔法が使えない者、スキルを所有していない者など普通にいる。
有れば人生の選択肢がちょっと広がる、程度の認識だ。
そもそも、望んでいるスキルが手に入るわけでもない。
役割を与えられた存在は、望むスキルや魔法が手に入るように調整されているが、それ以外は完全なるランダムである。
「さて、わからないことばかりだ」
なによりも、一番わからないのは彼の中にいる存在だ。
上層部、というよりも現在の魔王へ、ミルは非公式にだが直接自分の口でその事を伝えた。
検査結果で何かしら分かるかと思いきや、あの存在のことは欠片も出てきていない。
創世神の一柱がその手で作り上げた、神々の創作物の中でも最高傑作と称される【ハジマリの魔王】、あるいは、【魔神】が、稲村明の中にいる。
ミルは、今の魔王にそう報告した。
明らかに、彼女の手には余る事態が起きつつあると判断したからだ。
しかし、
「あのクソ坊主は丸投げしてきたし」
ミルよりも遥かに年下であるが、上司でもある今の魔王は、稲村明の監視役やら諸々を彼女に全て丸投げしたのである。
せめて、もう一人くらい付けてくれると思いきや、文字通りの丸投げだった。
報告書をテーブルにバサリと投げる。
そして、大きくため息をつく。
それから、今度はテーブルの端に置いておいた同僚達からの書類を見た。
書かれているのはどれも同じである。
曰く【人手が足りないから、お前が引き取った人材寄越せ】だった。
どういう事かと言うと、まぁ、内容通りの意味だ。
何も事情を知らない上、それとなくミルが拾った子の情報が流れているのだろう。
これは別に不思議なことじゃない。
過去、異世界からの迷子を保護する度に起きていることだった。
今回も、迷子を元の世界に送還するまででいいから、雑用係として使いたいといったところだろう。
しかし、今回の迷子は中々事情が厄介だ。
おいそれと下手な部署に預ける訳にもいかない。
「なにより、本人にも話さないとかぁ」
呟くと、また盛大にミルはため息をついたのだった。
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