第8話

 生きている、殺されていない。

 その点で語るなら、なるほどたしかに、ミルさんから見れば俺は運が良いのだろう。

 

 「……あはは」


 なんて答えてみようも無いので、俺は笑って返した。

 運の善し悪しなんて主観の問題でしかない。

 自分のことを不幸だと、そう思えたらきっと幸せだったと思う。

 心の底からそう思えたなら、きっと、俺は幸せだったと思う。

 世界が変わっても、生きてることはいいことらしい。


 (肯定してくれたと思ったんだけどな)


 ある種のリップサービスだったんだろう。

 いや、それともこんな凄惨な死に方をしないだけマシ、程度の意味かもしれない。


 最初の死体を見つけてから数時間。

 トータルで十体近い転移者の成れの果てを見てきた。

 そのことごとくが壊されていた。


 「顔が青いな。無理もないか。

 本来なら君のような子供に見せるべきものではないものだからな」


 ほら、とミルさんは飴玉を渡してくる。

 

 「君、そういえば今朝も食べていなかっただろう。

 少しはカロリー補給しなさい」


 「あ、はい。すみません。

 でも、俺、あんまり食べなくても平気なんです。

 少しの量でたくさん動けるんで、燃費いいんですよ」


 俺は受け取った飴を手で弄びながらそう答える。

 そんな俺にミルさんが呆れながら、


 「……少年、それは」


 なにか言おうするが、その言葉は途中で止まった。

 いきなり突き飛ばされたのだ。

 そして、今まで立っていた場所が歪む。

 ミルさんはいつの間にか、俺の横に立っていた。


 「間一髪だったな。

 さてさて、挨拶もなしとはマナーすら忘れたか?」


 俺は地べたに転がったまま、ミルさんの視線を追う。

 そこには、人間種族の灰色の髪の少年と黒髪の青年が立っていた。

 二人は、ミルさんを見ている。


 「妖精族フェアリーか?」


 黒髪が言う。

 聞いたのではなく、呟いたらしい。

 その横で灰色髪が、


 「森の防人エルフだろ」


 「よくわかるな」


 灰色髪が答える。


 「魔力の感じと、あと、昔から高慢ちきじゃん?

 その匂いというか味がする」

 

 「……お前、エルフも食ったことあるのか」


 黒髪が引き気味に言う。

 しかし、灰色髪はそれを意に介さず、俺を見てきた。


 「あ、アイツじゃね?

 欠片と同じ匂いがする。

 気配は、しないな」


 「そうか」


 そんな二人に対して、ミルさんはとても緊張しているようだ。

 この二人が転移者を殺していた犯人、ってことでいいのかな?

 状況的にはそう、だよな。

 逃げた方がいいんだろうけど。

 ミルさんの指示はないし。

 さて、どうしたものかと考えていると、ミルさんが小さく俺へ言ってきた。


 「少年、走れ。振り返るな」


 小さい声で、でも有無を言わせない圧があった。

 言われたなら従うしかないだろう。

 俺は、立ち上がると走り出した。

 整備すらされていない森の中をめちゃくちゃに走る。

 背後から爆発音のようなものが聞こえてくる。

 ミルさんには振り返るな、と言われたが、ついその音と振り返ってしまった。

 その時だ。

 何かが俺に覆いかぶさってきた。

 

 「足があると厄介だよな」


 そんな声が聞こえたかと思った矢先、足に衝撃が走る。

 同時に、木が折れたようなそんな音も耳に届いた。

 見ると、両足がそれぞれあらぬ方向に折れ曲がっていた。

 

 (歩けなくなった)


 痛みはなかった。

 立ち上がることと、歩くことが出来なくなった事実が俺の目の前に映し出されている。


 「声くらい上げろよ」


 そう言って、灰色髪は俺の首へ手を伸ばしてくる。

 ぎりぎりと、首が締め付けられる。

 苦しいけれど、それだけだ。

 抵抗はしない。

 しても無駄だから。


 て、


 少しだけ、保護してくれたミルさんには悪いかなとは思ったけど。

 でも、方法が違うだけで結果としては変わらない。

 この人が他の転移者や俺を殺す理由、目的についてもどうでもいい。

 興味がない。


 俺は目を瞑り、その時を待つ。

 しかし、


 「変なやつだな。なんで鳴かない?」


 灰色髪が首から手を離して、怪訝な声で呟いた。


 「…………」


 あ、終わりか。

 そういえば、あの死体の数々は壊されていたっけ?

 あんな殺され方されるのかな。

 痛いのは、嫌いだから。

 どうせならこのまま殺してくれれば良かったのに。

 いや、待てよ?

 あの空間が歪むやつで殺す気だったなら、またあの魔法を使えばいいだろうに。

 なんでこんな物理で痛めつけてくるんだろ。


 「ふむ」


 そんな、灰色髪の声が聞こえた。

 俺は目を開ける。

 すると、


 「これ、苦手なんだけど。

 ま、美味しく食事をするためのひと手間だな」


 なんて言って、灰色髪が俺の頭へ手を伸ばして掴んできた。

 そして、今度は頭をぎりぎりと締め上げてきた。

 同時に、なにか圧迫感を感じた。

 でも、やっぱり痛みはない。

 時間にして数秒にも満たなかった。

 唐突に、灰色髪の表情が驚愕したものに変わったかと思うと、今度は、恍惚とした表情へと変化した。


 「あはははは!!!!

 いた!! いた!!

 運命はあるんじゃないか!!」


 今度は、狂ったように笑い、叫んだ。

 なんなんだろ、この人。

 情緒不安定なのかな?


 「あー、そうかそうか。

 こうすればいいのか」


 なんて言って、灰色髪は包丁をどこからともなく出現させる。

 その顔には凶悪な笑みが浮かんでいる。

 包丁を握りしめ、空いている方の手で俺の左手を押さえつけてくる。


 「……っだ」


 記憶が瞬く。

 恐怖で歯がカチカチ鳴った。

 そして、漏れ出た俺の声はとても情けないもので。


 「やだ、ヤダヤダ!!!!」

 

 俺が逃げようと暴れるのを、灰色髪の笑顔が深まる。


 「はは、やっと鳴いたな」


 なんて言って、包丁を俺の左手首に添えたかと思うと、一気に突き刺した。

 そして腕にかけて、滑らせた。


 「~~~~っ??!!!」


 久々に感じる痛みに声にならない声を上げる。

 血が舞う。

 赤い、紅い、朱い血が舞って飛び散って、俺に降り注ぐ。

 意識が遠のいて、黒く染まる。


 視界が染まる。

 赤く、紅く、朱く染まる。

 そして、は目を覚ました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る