第7話
***
同時刻。
明とミルが出会った森の中。
そこには、傍から見れば人としか見えない灰色の髪の少年と、黒髪の青年が何かを探していた。
「気配はすれど、姿は見えず、か」
黒髪が言った。
しかし、それには構わず灰色の髪の少年が周囲を見回して、それからおもむろに歩き出した。
「………」
気配のする方へ、匂いのする方へ。
灰色の髪の少年は歩いていく。
やがて、立ち止まり草の中に落ちていたそれを見つけて拾い上げた。
「おい、見つけたぞ」
灰色の髪の少年の言葉に、あとを着いてきていた黒髪がその手元を覗き込む。
そこには、白い歯があった。
折れたか抜けたかしたのだろう。
「ようやく見つけた手がかりが、これか」
黒髪の青年が、げっそりとそんな事を呟いた。
「外ればかりだったからな」
興味なさそうに、そしてどこか他人事のように灰色の髪の少年が黒髪へ言葉を返す。
昨夜から転移者を殺し続けている魔族。
この二人はその魔族だった。
「しかし、最近の
ほんの千年、二千年でここまで質が落ちるもんか?」
つまらなそうに、灰色の髪の少年が呟く。
「それだけ弱体化したんだろ」
答えつつ黒髪の青年は、灰色の髪の少年から『歯』を受け取るとマジマジと観察する。
「欠片だな。気配も僅かだ」
「弱体化、弱体化ねぇ。
その割に自信だけは満々で、いたぶりがいがあったのは確かだけどな。
そこそこ腹は満たされたし?」
黒髪の言葉には返さず、灰色の髪の少年はそんなことを欠伸混じりに口にした。
「……お前は、悪食が過ぎるんだ。エド」
エドというのが、灰色の髪の少年の名前らしい。
「あーあー、どこかに程よく絶望して狂ってる、
出来れば人間がいいな。イジメ甲斐と食いごたえがあるなら尚よし」
「いるわけないだろ。仕事しろ」
「わからないだろ」
エドはハナからこの仕事にやる気が無いのだろう。
どうにも投げやりだ。
「いるとしても低確率だ」
青年はバッサリ切ったものの、少しだけ気になったのかエドへ向き直って、
「仮にそんな条件通りの存在を見つけたとして、どうするつもりだ?
人間なんてすぐ死ぬだろ。短命中の短命じゃないか」
そう聞いてみた。
「……そうだなぁ。飼い殺しにするのも有りだよな。首輪つけて監禁すんの。言葉で精神的に嬲って、心を壊す。
もちろん、身体も痛めつける。
それなりに調教すればいい声で鳴くようになると思うんだ」
「お前、そう言ってこの前も飼ってた人間干からびさせてただろ」
「???
あ、あー、そういや飼ってたっけ?
忘れてた。
ほっとくとすぐ死ぬよな、人間って」
「……それ、俺がさっき言ったよな?」
「よし、そこそこ頭が適度に狂ってて程よく絶望してる人間探すか!
せっかく古巣にまで来たんだし。
自分用の土産を探すのも有りだな」
そうやって毎回干からびさせるんだよなぁ、と青年は思ったが口にはしなかった。
代わりに、
「飼うならせめて最後まで喰える奴にしろよ」
そう言うだけにしておいた。
***
翌日。
ミルさんにくっついて他の俺みたいな迷子を探しに出掛ける。
宿泊したのは、ミルさんが泊まっている宿だった。
なにもかもミルさん任せだが、仕方ない。
俺はこの世界の通貨も常識も持ち合わせてはいないのだから。
ミルさん曰く、確証こそ無いものの迷子や役者を殺して回っているのは十中八九、【本来の魔族】らしい。
なら、ミルさん達、中央大陸の魔族は偽物ということになると思うのだが、聞かなかった。
気にならなかったし、俺はそもそも中央大陸にさえ行くことが出来ればすぐに元の世界へ帰るからだ。
「君は本当に何も聞かないな」
「聞いても仕方のないことですから」
今はただミルさんに従うだけだ。
ミルさんとしても、俺という日本人がいた方が迷子の人達も安心するだろうということらしい。
見知らぬ土地で同郷の人を見つけると安心するとは聞いたことがあるし、そういうものなのだろう。
ミルさんが情報屋で必要な情報を集めて、昨日とは別の森へ出かける。
その先で、見つけてしまった。
それは、現代日本人のサラリーマンだろうか?
背広を着て、壊されている死体だった。
その周囲には壊されているのだから当たり前だが、赤が飛び散っている。
腐臭や死臭よりも、その赤が俺を硬直させた。
それは、紅い、朱い、赤い血の色だ。
――悲鳴にも似た叫び。
泣き叫びながら掲げられた刃物。
痛くて怖くて、でも、逃げられなくて――
脳内に記憶が瞬く。
呼吸が苦しくなる。
(落ち着け。落ち着け。大丈夫。
ここには、あの人はいない。
あの人たちは、いない)
俺は自分に言い聞かせる。
ミルさんは動けなくなっている俺を下がらせて、その死体を確認し、空中に指を滑らせてなにやら魔法陣を描き出す。
魔法陣が明滅したかと思うと、数秒もしないうちに、その死体は消えてしまう。
ミルさん曰く、回収したとのこと。
それを繰り返すこと数時間後。
「本当に君は運が良かったんだな、少年」
少し疲れた色を見せながら、ミルさんはそう口にした。
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