第4話

 

 森から歩くこと数時間。


「君、体力あるね」


「立ち仕事してましたから」


「おや、アルバイトか」


「いえ。アルバイトではなく。

 一応、社会人です。正職です」


「え、君、日本から来たんだよね?

 見たところ十代半ばだと思っていたんだが。

 てっきり高校生かとばかり。

 そうか就職しているということは十八歳前後なのか」


 詳しいなこの人。

 あ、でも、今まで保護してきた人たちに聞いてたのかな。

 基本的に中学を卒業したら、大学はともかく次は高校に行く人が一般的だし。

 兄二人も大学行ってるし。妹も来年は高校だし。


「あ、その、この前誕生日来たんで十六歳、です」


 ちなみに最終学歴は中卒です。とは胸の内にだけでとどめておいた。


「ほぅ、珍しいな。

 ということは、新卒か」


「えぇ、一応」


 ミルさんは、でもそれ以上は聞いてこなかった。

 距離を保たれているのは、とても心地いい。

 そこから話題は他愛のない話に変わっていった。

 中央大陸の娯楽とか、食べ物の話とか。

 なんなら、送還するまでに時間がかかるから、奢ってあげようとまで言われてしまう。

 気を使わせているなぁ、と感じて心苦しい。

 でも、ここでお気遣いなく、というのも感じが悪い。

 いや、社交辞令なのだから、こちらも社交辞令で返せばいいだけだ。


「ありがとうございます。楽しみにしてます」





 太陽が高い位置に来た頃。

 ようやく、町についた。

 大きな町だった。

 しかし、ミルさんは直ぐには町に入ろうとせず、少し離れた場所で立ち止まったかと思うと、俺を見た。


「君のその恰好は中央大陸ではともかく。

 ここでは目立つからな」


 俺の今の服装は、ラフなものだ。

 半袖のTシャツにジーンズは、たしかに話を聞くところによると中世ヨーロッパな世界観の中では浮くだろう。

 職場で貸与された制服は、もう使う気も無かったから休憩室のロッカーの中に突っ込んできた。

 そういえば、財布はジーンズのポケットに入れっぱなしだったな、とここで改めて気づく。

 さすがに財布がチート化するとは思えなかったし、中身もほとんど入っていない。

 入ってるのは――。


「ほら、これに着替えなさい。

 迷子の保護はこれが初めてではないから、服も支給されてるんだ」


 ミルさんがそう言って、こちらでは一般的な服を何もない空中から出してくれた。

 その服を渡されて、とりあえず木の陰で着替えてみる。

 ……すげぇ、サイズ、ぴったりだ。


「どうだい?」


 木の向こうからミルさんが声をかけてくる。


「あ、はい。ぴったりです!」


 そうして、俺とミルさんは町に入った。

 やっぱりキョロキョロとあちこち見てしまうのは仕方ないよなぁ。

 町には本当にいろんな種族がいた。

 人間に、創作物では亜人と呼ばれているだろう種族。

 それと金髪碧眼の皆がみんな想像するエルフに、ミルさんと同じ褐色肌のダークエルフ。

 亜人も多種多様だ。

 人間に獣耳や尻尾が生えているだけの外見の人もいれば、昨夜の二足歩行の狼のように全体が毛皮で覆われている種族もいるし、鱗で覆われたトカゲ姿の人もいた。

 犬、猫、狼に蛇、蜥蜴。


「ここはまだ比較的、亜人種に対して寛容な大陸だから賑やかなんだ」


 ミルさんの説明によると、所謂亜人と呼ばれる種族、エルフはともかく、それ以外のハーフリング、あるいは人間に獣耳が付いてるだけのように見える種族や、人狼族、蜥蜴人族、鬼人族等など、は中央大陸以外の四大陸のほぼすべての地域で【魔族】扱いとなるらしい。

 人間至上主義みたいなものが根付いているらしい。

 これは、シナリオとはまた別の差別と迫害の話になるとかで、ミルさんは軽く話してくれた。

 中央大陸では、そんな種族差別は禁止されている。


「それこそ見かけたら即殺す。あるいは奴隷として扱うというのが四大陸での普通だ。

 エルフが見逃されてるのは何故かって?

 それは人よりも優れた魔法が使えるからだ」


「え、それだけ、ですか?」


「おや、納得しないか。

 今までの迷子たちはこれで納得してたんだが」


 俺は町の中を行く、様々な種族を見る。

 そして、疑問を口にしてみた。

「ただの素人考えなんですけど。

 見る限り、例えばあの鬼人族の人たち、それとあそこの蜥蜴人族の人たち。

 こう、筋骨隆々じゃないですか。

 力で勝負したら絶対あの人たちの方が勝ちますよね?

 それに、あの猫耳の人。

 猫のように素早く動いてます。これも人間より優れた能力ですよね。

 魔法だけじゃなくて、軽く見ただけで人よりも身体能力が他種族の方々の方が上に思えるんです。

 だから、魔法が使えるってだけでエルフが市民権を得るってのがちょっと腑に落ちないなって」 


「よく見てるな、少年。

 その通り。要はそれっぽい理由さえあればそれでいいんだ。

 見下せる理由さえあれば、そして差別と迫害できる理由さえあれば、種族なんて関係ない。

 たまたま数の多い人間種族が、エルフ以外の種族を魔族にして石を投げている。

 それだけでしかない。

 神族としてもそのほうが都合がいいから、止めるどころか、それこそ神託と称してシナリオに盛り込んで、他種族の村を焼かせることもある」


「えっと、それは召喚した勇者に、ってことですか?」


「最近選ばれる子は、考えること、失敗をすること、それ自体を無自覚に怖がる子が多いのか、そのまま受け取るんだよ。

 言われたことを、言われた通りにする子が多い。

 例えば神官に、あるいは旅のナビゲーター役の神族に悪い魔族の村だから滅ぼしていいよ、と言われれば躊躇いなく、そして疑いなくそうしてしまう子ばかりだ。

 まぁ、そういう子をわざと選んでるのかもしれないが」


 いや、怖いよ!!

 完全に確信犯じゃん神族!!


「そうそう、それと。

 シナリオにもよるんだが、重度のオタクと呼ばれる人種は召喚の人選からは避けられる傾向にある」


「え、なんでですか?」


「性格にもよるんだが、物語に触れてきた人種というのはちょっと厄介なんだ。

 考察できる。相手の立場になって物を考える。

 つまり、知恵がついているから、シナリオに気づく可能性がある」


「えぇ、それは、考えすぎなんじゃ」


 たぶん、誰もそこまで物事を考えないと思う。


「まぁ、気づいたからってどうなるものでもないんだがね。

 早い話が操りにくい人形より、中身空っぽの傀儡人形の方が都合がいいってだけの話だよ」


 いや、それはそれで召喚された人たちに対して大分失礼なんじゃ。


「さ、着いたぞ少年」


 雑談はそこで終わった。

 どうやら、ミルさんの目的の場所に到着したようだ。


「そういえば、ここって?」


「ま、説明は入ってからだ」


 そこは、少し古い建物だった。

 看板もあるが、生憎、見たことのない文字なので読めない。

 え、いや、あれ?

 読める。

 あ、これが迷子の転移特典ってやつかな。

 なるほど、道具の方じゃなく俺の能力的なものがチート化してたことか。

 文字が読めるなら、それはそれで丁度いい。

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