第3話

 死合はいくつかの種類に分けられているようだった。

 その日、イオが観覧したのは【酒池肉林パーティー】と呼ばれるもので、生け捕りにしてきた魔物を放って十数人の囚人達を襲わせるというものだった。

 バトルロワイヤル風に見せた、ただの虐殺光景だった。

 ゴクゴクと、炭酸ジュースを飲みながらイオはその光景を見る。

 画面上では、次々とカラーだった囚人達の画像が白黒に変化していく。

 どうやら、囚人達の着ている服か、あるいは逃走防止と管理目的のために付けられている首輪か手錠の全てから送られてくる情報によって、死亡判定されているのかもしれない。

 本来、死亡判定は医師が見て判断されるものだと聞いたことがあるが、この帝国ではその辺がどうなっているのかイマイチ分からない。

 細かなルールは国によって違うからだ。


 囚人達は無防備かと言うと、そうではない。

 魔法こそ付与されていないものの、普通の武器が配布されていた。

 冒険者崩れもいるようで、武器の扱いに慣れているものは魔物と戦っている。

 かなり必死だ。

 そりゃそうだろう。誰も死にたくないのだ。

 死ぬために生きている、いや、生かされている存在など食用に飼われている家畜くらいである。


 「お、こっちの唐揚げもニンニクきいてて美味い」


 まるで、本物の森のような光景が広がる殺し合いの舞台。

 イオは、それを画面上で観ながら、つまり至近距離で繰り広げられている地獄絵図のような魔物による一方的な動画を眺めながら、鶏の唐揚げを満足そうにモグモグする。


 動画の映像は、どうやら舞台のあちこちに仕掛けられたカメラと時折鳥のように飛び回るドローンによって撮影されているようだった。

 

 映像を観ながら、イオは納得した。

 なるほど、たしかにこんな刺激の強い映像は慣れていなければ吐いてしまう者のほうが多いだろう。

 なにせ、今、大型の猫のような魔物が囚人の一人に襲いかかり押し倒したかと思うと、首を噛んで文字通り息の根を止めた。

 囚人は中年ほどの男性だった。

 彼の画像が白黒へと変わる。

 経歴によると、子供への性的イタズラがエスカレートして殺人に発展し、さらに、その犠牲者を食べたというものだった。

 一体何年、何百年の判決を受けたのかは知らないが、哀れな最後だな、とイオは今度はポテトをモグモグするしながら思った。

 そもそも対象の人物が好きすぎて食べてしまった、という思考回路が大多数のそれと違うので、自分を大多数の中の矮小な存在の一人だと信じて疑っていないイオには、あの哀れな囚人に対する考えは、


 (真っ当に生きてたら、そもそも捕まることなんてないのになぁ。

 そもそもここで魔物のランチになることも無かっただろうに。いや、時間的にブランチかな)


 というものだった。

 それは、犯罪に関する報道を見る時の感覚によく似ていた。

 画面の向こう側だから、結局、当事者の意識にはなれない。

 加害者の気持ちにも、被害者の気持ちにも、本当の意味で寄り添うことなど赤の他人には出来ないのだ。

 どこか映画を見ているような、ドラマを見ているような感覚なのだ。

 客席のあちこちで、悲惨な悲鳴が上がる。

 どうやら、現在進行形で魔物の胃の中に収まりつつある囚人に賭けていたもの達のようだ。


 中には悪態をついて、ブーブーと野次を飛ばしている者もいる。

 中にはアルコールも入っているのか、顔を赤くして口汚く罵っている者までいた。

 イオのいる席から少し離れた場所では、刺激の強さに誰かが倒れてしまったようだ。

 すぐさま係員が着て担架に乗せ、手際よく観客席の外へと運んで行った。

 見事なまでの手際なので、きっとよくあることなのだろう。

 と、一番野次が酷かった観客席に何かが飛んできた。

 それは黒い塊で、魔物の死体だった。

 正確には、飛んできたそれは観客席を守る見えない壁に打ちつけられることで死体となった。

 そのように、イオには見えた。

 画面の透けた向こうでは、度肝を抜かれた観客がへたり混んでいる。

 もしかしたらチビっている人もいるかもしれない。

 イオのように、妙な耐性が無ければ。

 それこそ師匠に出会って、あの非日常な修行と称した滅茶苦茶な生活を送る前のイオだったならチビっていた自信がある。

 見えない壁には電撃の魔法が付与されていたらしく、魔物を電撃で焼いて絶命させたのだ。

 その時、稲妻のような閃光が走って、一部の観客の目もしばらく眩んでしまった。

 バリバリという凄まじい音は、まさに落雷のそれだった。

 しかし、見えない壁の恩恵か本来の落雷なら巻き添えを喰らうであろう観客は、目が眩んだだけで無傷であった。

 同時にカメラの画像が切り替わったかと思うと、スピーカーと、そして会場全体に響く馬鹿みたいに大きな男の声がイオを含め観客の鼓膜を震わせた。

 鼓膜が破れるんじゃないかとイオは思った。

 そんなことお構いなく、その声は叫んだ。

 怒鳴り声だった。


 『ピィピィうっせぇな。このクソ共がっ!!』


 イオは耳を手で抑えて、画面を見た。

 そして、


 「あ、奴隷王、いた」


 見たことをそのまま口にした。

 画面に、昨日調べた犯罪奴隷の実物が映っていて、カメラに向かって中指を立てている。

 外国でやったら、まず間違いなく次の瞬間にはひき肉になってしまっても文句が言えない行為である。

 しかし、イオの関心はそんな所になかった。

 もちろん、彼を仲間にしたいのは変わらないが、それよりも実物を画面上ではあるが見てしまったがために別のことが気になって仕方がなかった。

 それは、彼の頭とお尻から生えているモフモフの獣耳であった。

 是非一度触ってみたいという欲求に駆られる。

 その気持ちを抑えるために、炭酸ジュースの残りを一気に飲み干す。

 それにしても、じつに良いモフモフである。

 奴隷王という二つ名より、モフモフ王に改名した方が良いだろう。

 それくらい魅力的なモフモフ感なのである。

 あまりに魅力的過ぎて、


 「奴隷王いらないから、あの耳と尻尾剥ぎ取るほうに予定変えようかな」


 イオが本末転倒で、もっと言えば危険な思考へとシフトチェンジする。

 耳はカチューシャに、尻尾は財布か携帯のキーホルダーにでも加工して、と本当にヤバい方へ思考が向いていく。

 イオの思考が、サイコパスな方向へと変わっていくのと同時に奴隷王は奴隷王でなにやらギャーギャーと喚き立てていた。

 要約すると、こんな見世物を見に来ている観客は全員、ドがつくほどのクズ、と言いたいらしい。

 なるほど、たしかに、人権もなく見世物となっている犯罪奴隷達が悲惨な最期を遂げるのを観ながら、唐揚げとポテトを食べ、炭酸ジュースを嗜むのはクズと言われても仕方ない行動である。

 どちらかと言うと外道の部類に入るだろう。

 だが待って欲しい。

 横でビールをグビグビ飲んだ結果、グースカ眠っている中年男性よりは、イオはマシだろうと思われるからだ。

 と、ポテトと唐揚げが無くなってしまった。


 「もうちょい食べたいなぁ。ジュースも欲しいし」


 そう呟いて、でも、売店までまた行くのは面倒いなぁとイオが考えた時だった。


 【食事をオーダーしますか?】


 そんな、滑らかな女性の声が聞こえてきた。

 どうやら、観客のニーズにすぐさま答えるために設定されているAIが反応したらしい。


 「おおお、喋った!! すっげぇ!!

 します! します!! オーダーお願いします!」


 こんな人の声と違いがほとんどない自動音声など初めてで、イオは興奮する。


 【ありがとうございます。それではご注文をどうぞ】


 そうして画面が切り替わり、軽食メニューが提示された。

 デザートメニューまである。


 「えっと、えっと、じゃあ、このポテトの盛り合わせと炭酸ジュースお代わりで!

 あー、あと、ミックスサンドも追加!!」


 【ご注文ありがとうございます。しばしお時間を頂きますのでお待ちください】


 音声が終了するとともに、また画面が切り替わった。

 奴隷王の罵倒というか罵声は続いていて、その度にどういう訳か黄色い悲鳴が上がった。

 女性客も平日とかは関係なく、この非日常を味わえる見世物を見に来ているようだ。

 今、イオのすぐ後ろの席にも死合の開始時間より遅れてきた観客が座った。

 声からして二人組の女性客のようだ。

 席に腰を落ち着けた彼女らの会話が否が応でも聴こえてくる。


 「やっと六連勤終わった~」


 「こっちもだよ、祝日と休日いれたらもう二十日連勤。

 疲れた疲れた。

 というわけで、」


 「カンパーイ!」


 カコん、と軽い音が聞こえる。

 どうやらカップに入れられたビールではなく、売店で買ったと思われる缶ビールのようだ。

 カップに入れてもらうと、サービス料が発生するからか、それとも缶のまま飲み干す派なのか、どちらかはわからないが、すぐに背後からグビッグビッ、というビールを美味しそうに喉へ注ぎ込む音が届く。

 そこでイオは考えを改めた。

 よく良く考えれば、休日に働いている人達もいるだろう。

 そういう人達は平日休みになるのは道理である。

 ここまで技術が進歩しても、人がやる仕事というのが無くならないのだ。

 無くなっていれば、少なくとも冒険者なんぞというヤクザな商売はとうの昔に淘汰、駆逐されいたに違いないからだ。

 危険なことは技術の産物である魔機にでも任せておけばいいのだから。

 でも、無くならない。

 もしかしたら、わざと残してあるのかもしれない。

 よくよく考えれば魔機という、魔導技術と科学技術のハイブリッドで産まれた文明の利器である広い意味での機械だって、そのパーツの組み立ての一部は人の手で行われているらしい。 

 

 「あ、奴隷王様だー!」


 「ラッキーだったねー!」


 なんて、まるでアイドルのライブに来たようなテンションである。

 アルコールが入ったのもあるだろうが。


 「いやぁ、上司への不満とか殺意とかの発散はやっぱりここが一番だよねー」


 「ねー。スポーツやカラオケも良いけど、中年の男女がぶっ殺されるのみると、ちょっとスッキリするしー」


 「わかるわかる。あ、あ~、残念」


 「どしたの?」


 「このオッサンが死ぬところ見たかったのに、もう殺されてる」


 「あ、ほんとだー」


 「たく、もうちょい生き残って私らをたのしませろよなぁ。

 ほんとう、それくらい役にたてや!!」


 「そうだーそうだー!!」


 後ろの席の女性客達は、上司の中年に親か兄弟、もしく恋人でも殺されたのだろうか。

 そう思えるほどに、酔いの勢いも手伝ってブツクサ文句を垂れている。


 (うわぁ、怖ァ!)


 彼女達は、豊かになった帝国の現代社会の歪みによる犠牲者なのだろうと、イオは思うようにした。

 そうでもしないと、聞いていて気分のいいものでもないし、ストレス発散に来た彼女達には悪いが、こちらがストレスを溜めてしまうことになる。

 師匠のようなカラカラとした性格の女性より、師匠を負かしたという、師匠の職場の上司がこういった殺伐とした性格だった気がする。

 なんにせよ、女とは怖い存在であると認識せざるをえない。


 後ろでは怖そうな女性客達の愚痴やらが、壊れた蛇口のように出てくる出てくる。

 怖い怖いと、イオが画面へ意識を戻した時。


 【お待たせしました。ご注文の品が出来上がりましたのでお届けいたします】


 という文字が浮かび上がった。ついでとばかりに音声も流れる。

 同時に、席の下に畳まれ、しまい込まれていたテーブルが滑らかな動きでその形へと変化する。

 かと思えば、その簡易テーブルに魔法陣が浮かび上がった。

 魔法陣の大きさはテーブルより、少し小さい程度のもので、それが淡い光を放ったかと思うと、


 ポフン、という音ともにイオが注文した軽食が出現した。

 炭酸ジュースも忘れられていない。


 「おおおおーー!!」


 他国では技術の無駄遣いと言われそうな、しかしハイテクな光景を目にして、イオは驚きの声を上げた。


 【ご注文はおそろいでしょうか?】


 そんな文字と音声の後に、画面の下のほうに『YES/NO』の選択肢が現れた。

 イオはYESに触れてみた。

 すると、文字の色が変わり、すぐに消える。

 最後に、


 【ご注文ありがとうございました。それでは楽しいひと時をお過ごしくださいませ】


 という文字と音声が流れ、画面は殺し合いの地獄絵図を映し出した。


 「すっげぇなぁ。国によってこんなにも違うんだ」


 確実に帝国は技術面では他国を圧倒している。

 頭の弱い、育ての親の師匠譲りで脳筋であるイオにもそれくらいのことはわかった。

 師匠とその仲間が開いた教室、その教室にいたクラスメイトにも、そう言われてからかわれたのはいい思い出である。

 ウキウキと炭酸ジュースを飲んで喉を潤して、それから待ちに待った揚げたて熱々のポテトへと手を伸ばす。

 そんなイオの眼前では、いつの間にか奴隷王の罵声が終わっていて、彼が襲ってきたのだろう魔物を素手でぶっ殺している映像が映し出されていた。

 割れんばかりの、大歓声が客席から上がる。

 イオはポテトとジュース、ミックスサンドに夢中で、その大歓声にますます不機嫌そうに顔を歪める奴隷王に気づかなかった。


 「あ、失敗した。これ辛子マヨネーズかぁ。苦手なんだよなぁ」


 イオはそんなのんびりした、ミックスサンドの感想を呟いた。

 

 

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