第2話
魅力ある人間のもとには、人が集まるらしい。
アイスティーを飲み干して、それだけでは足りず、結局ケーキの盛り合わせセットなるものを注文して、堪能したあと。
念の為、いい人材はいないかともう一度冒険者ギルドを訪れたイオは、受付で賑やかにそしてほがらかに会話を交わしているパーティを見た。
古き良き職業名称でいまだに呼称されている方で呼べば、戦士、拳闘士、魔法使い、僧侶、といったところだろうか。
そのパーティのリーダーらしき少年を中心にして、パーティメンバーもそうだが他の冒険者がわらわらと集まってきていた。
通り過ぎざまにイオに聞こえてきた彼らの会話は、なんでもどこかの森だか山だか、未踏のダンジョンだかに棲んでいたボスモンスターの討伐に成功したので、これからお祝いをしようと、盛り上がっている物だった。
現代の魔法と科学技術が発展してきて、それなりの性能の武器が出てきても、どういうわけか昔ながらの見てくれのそれにこだわる者の方が多い。
ある意味、酷いものではコスプレでは? と言いたくなるような格好の者もいる。
ジャージ姿で討伐依頼をこなすイオには誰も言われたくないだろうが。
ハッキリ言ってしまえば、冒険者などという仕事は国にもよるが社会的信頼は低い傾向にある。
何故ならフリーランスだから。
雇われ会社員と違い、同じ自営業にあたる農業などとも違い、日雇いの仕事が多く、収入が不安定であるからだ。
帝国はまだ実力主義が根強いため、それなりの地位にあるが、それでも実績により大雑把なランク分けはされている。
要するに仕事ができる人は偉く、新人は偉くない。
年功序列が無いのは、良いのか悪いのかわからない。
やはりケースバイケースだろう。
ただ、わかりやすいとは思う。
パソコンで人材をチェックしてみたものの、やはり、めぼしい人材はいなかった。
もちろんそれは、闘技大会に出るという前提での話だ。
普通に仕事をする分なら、魅力的なもの達ばかりである。
冒険者ギルド、もっと言ってしまえば現代のフリーランス向け職業斡旋派遣業者がそれなりに繁盛しているのには、理由がある。
国が公的サービスをするための業務を、要は運営費をケチるために民間に委託したためだ。
下手するとほとんどタダ働きで災害場所への依頼をこなすことにもなるし、褒賞は腹を満たすことすら出来ない【やりがい】となってしまう。
イオの師匠曰く、個人がボランティアをする場合は金持ちがするべきである、とのことだった。
まぁ、そうかなとはイオは思っている。
要はタダ働きをしても生活に支障がないくらいの
一度目と違い、二度目はそんなにしょんぼりもせずイオは冒険者ギルドの建物を出た。
出る時に、十数人のリア充ウェーイ集団を目撃した。
受付で盛り上がっていた集団であった。
(ああいう風に盛り上がれるって、すげぇなぁ。
俺には無理だ)
どうにも偏見が強いのか、イオの中ではああいった手合いは、仲良しごっこグループにしか見えないのだ。
おそらく、師匠とその知り合いの関係を見て育ってきたからだろう。
師匠の人間関係と、一般的な仲間関係はやはり違っている。
前者は酷くドライで、後者は溶けた飴のように必要以上にベタベタしているように見えてしまうのだ。
これを口にするとトラブルになることは分かりきっているし、なによりこの異国の地ではそういった話し相手もいないので話す機会なので無いのだが。
そういった意味では1人の方がやりやすくて良いのだが、一人では冒険者闘技大会には出られない。
少なくとも、あの盗賊王とやらはスレているのは確実だろう。
何故なら犯罪者だから。
必要以上にベタベタせず、必要最低限のビジネスライクな関係を築けるなら、そして、強ければイオは誰でもいいのだ。
イオが集団から離れる時、集団の中の誰かが、
「今年はリーダーが大会優勝確実ですね!」
そう声高に言ったのが聞こえてきた。
続いて他の者が、
「ほんと、ザクロが消えてからいい事しか起こらないから、アイツが消えて正解だったね!」
「あ、それな! ほんとそれな!
どこにでもあるんだなぁ、と、それを背中で聞き流しながら、イオは呟いた。
「へぇ、あのリーダーの子、強いんだ」
盛り上がるリア充ウェーイ集団にはもちろん聞こえない。
それくらい小さい呟きだったからだ。
もしかしたら、どこかで、いや決勝で当たることになるだろう。
強いヤツとなら楽しく戦えそうだ。
どんなに仲間とベタベタ、あるいはイチャイチャしていようが強ければそれでいい。
大会に出て優勝と優勝賞金を狙うのはイオも同じだが、イオにとって優勝はあくまで、
一番の目的は、やはり腕試しである。
もしかしたら、師匠よりも強いヤツに出会えるかもしれない。
そんな期待から、イオの勧誘にも気合いが入るのだった。
とりあえず、今日は宿をとることにした。
まずは良さそうな宿をアプリで探して、向かう。
部屋は空いているとのことで、すぐチェックインできた。
時期が時期なだけに、もしかしたら各地から集まった冒険者で部屋が取れないかもと心配していたが、そんなことはなかった。
食事はとりあえず滞在中は部屋に運んでもらうよう、チェックインの時に頼んでおいた。
部屋の鍵を渡され、向かう。
冒険者を客層としてターゲットにしているだけあって、受付はガタイのいい男女の従業員だった。
冒険者という存在は、その仕事柄気性が荒いものが多い。
つまり、酒が入っていてもいなくても血の気が多くて喧嘩っパヤイ者が多いのだ。
普通のサービス業に従事している人間から見たら、確実に店に来ないで欲しい客、ナンバーワンに輝くことは確実である。
そして、バックヤードで店員、あるいは従業員からブラックリスト入りされ、変なあだ名を付けられ、警戒されることまでセットである。
サービス業、つまり客商売の経験がない者からすれば、そんな人間いないだろ、と鼻で笑われることだろう。
しかし、いるのだ。
そういう人種は、ぶっちゃけ冒険者に限らずいるのだ。
レジに立った者がか弱い女子学生バイトというだけで、ドスの効いた声で怒鳴りつけ、イチャモンを喚き散らし、誠意のために値引きしろ、という無茶を押し通そうとする困った人種は一定数いるものだ。
そう、見た目というのはそれだけインパクトがある。
その点、このホテルの受付は分かっている。
受付の従業員の手が届く範囲内に、タチの悪いクレーマー兼警備目的の武器が置いてあったし、なによりもまず普通なら見ただけで諦めるようなガタイのいいオーガ族の男性と、元は戦士だったのであろうやはりガタイのいい女性が配置されていた。
見ただけで、あの受付でさぞ苦労してきたのだなとわかった。
二人とも体についていた傷が真新しかったし、なによりも気配とでも呼べばいいのか、ただそこにいるだけで圧倒されてしまうようなプレッシャーがあったのだ。
普段は抑えているのだろうそれは、予約無しでやってきたイオへの警戒でもあった。
しかし、イオがすぐに部屋の空きを丁寧に尋ねてきたので、警戒は解かれた。
それからは、普通に気持ちのいい接客をしてもらった。
この宿はおそらく当たりだろう。
料理も楽しみだ。
「つっても、まだまだ夕食まで時間あるしなぁ」
部屋に入り、荷物を置いて一息つくと、イオはベッドに寝転がった。
受付にはあとでもう一人増えることを伝えたため、二人部屋を用意してもらうことができた。
しかし、今だからこうして部屋が取れたものの本選が開始されたらあちこちの宿で部屋の空きがなくなることは確実だ。
なにより、滞在費が嵩む。
そうなると、やはりこうした宿より、どこか安い家賃のアパートでも借りることも検討しなければならないだろう。
本選まで、この帝都を拠点にしなければならないのだから。
「よし、シャワー浴びよ」
そうして、翌日。
身支度を整えたイオは、コロシアムへとやってきた。
一度、たしかに公式ホームページで奴隷王を含めどんな者がいるかチェックをしたものの、一見はなんとやらではないが、画面上と実際見るのではまた違うものだ。
イオは良い人材がいたら、奴隷王と一緒に勧誘しようと考えていた。
要は唾つけである。
というか、イオの中には勧誘を断られるなんてことは欠片も想像もしていなかった。
というか、出来なかった。
そんなわけで、まずはいきなり参加ではなく客としてコロシアムにやってきた。
当日券を買って、中に入る。
飲食の持ち込みは原則厳禁なので、コロシアムの建物内にある売店で飲み物と軽食を買うことにする。
すると、売店の店員が聞いてきた。
「お兄さん、ひょっとして外国の人?
なら、死合を見ながら食べるなんてやめた方がいいよ。
初めての人は七割は気分悪くなっちゃうから」
そんな忠告を受け、さらに、
「せめて、水だけにしておきなさい」
なんて言われてしまう。
その横で、唐揚げとポテトが入った容器と、ビールを意気揚々と買っていくオッサンが目に入った。
「大丈夫ですよ」
「いや、大丈夫じゃないの。おもに清掃係が後始末の時嫌な顔するから」
正直な店員さんだなぁ、と思いながら、それでもイオは引き下がらなかった。
「大丈夫ですって、昨日肉の盛り合わせ丼たべながら、ここの中継をテレビ見ても大丈夫だったんで」
マニュアルでもあるのか、そこまで言うと、店員はあっさりと引き下がった。
イオが買ったのは、炭酸ジュースと、さっき見ず知らずのおっさんが買ったものと同じ唐揚げとポテトの詰め合わせだった。
一緒にエチケット袋も付いてきた。
やはり、一度断るのはマニュアル化しているようだ。
「そういや、お兄さんは誰に賭けてるんだい?」
店員から聞かれ、
「いえ、今日は話の種に観るだけです」
そう答えた。
そうして、案内板に従って自由席がある会場へと向かった。
外に出ると、ドーム形の会場の形が一望できた。
平日だが、観光客やらこの賭けで生計を立てているらしい者やらで賑わっていた。
自由席なので、どこに座ってもいい。
適当な席に腰を降ろすと、イオは席の腕掛けの所にあった色とりどりのボタンを押してみた。
すると、すぐ目の前に薄い画面が現れる。
テレビとおなじ至近距離での観賞ができる仕組みである。
「うわぁお、ハイテクだなぁ」
ここから賭けに参加することも出来るようだ。
国連とか、そっちの方の組織から倫理面でつつかれてたりしないのか疑問だが、たぶん持ちつ持たれつなのかもしれない。
前述の通り、この帝国という国は他の国から、それも死刑の無い国から、囚人を受け入れている。
ある種の恩を売っていると言ってもいい。
おそらく、その国は一つ二つではないだろう。
イオは旅に出てそれなりの時間が経つが、世界全てを回れたとは言えない。
全く言えない。
それくらい世界は広いのだ。
それでも、訪れた国の殆どは死刑制度を廃止していた。
理由は様々だ。
宗教だったり、倫理面だったり。
だから、結局そういう国では刑期がとてつもない期間となる。
長寿の種族、それこそエルフとか魔族とかだったなら普通に生きれる時間を刑期として言い渡される。
犯した罪にもよるが、重ければ二百年、三百年とかはザラである。
長寿の種族であるなら、ほんの二、三年くらいだろうけれど、これは種族関係なく死刑の無い国で適用されている。
人間のようなせいぜい百年くらいの寿命しかない種族にとっては不公平なものである。
そして、これも前述したが、正直そんな犯罪者を食わせるために税金を使うのを疑問視する声もある。
中には、廃止された死刑を復活させよ、なんて活動している人もいるくらいだ。
そんな国から、言わば売られた犯罪者達が殺し合う場所がここなわけである。
娯楽の玩具として消費されていく、そんな場所がここだ。
彼らの罪は本当に様々で、でも一つだけ共通していることがあった。
それは、人殺しという点である。
それも、二人以上を殺している点である。
この中の何人が、普通の殺人事件を起こした者なのか。
この中の何人が、大量虐殺を実行した者なのか。
公式ホームページに行けば、全て、そのもの達の経歴が載っている。
箇条書きで書かれたそれは、ただの文字と数字の羅列だった。
もちろん、それは目の前の画面でも簡単に確認できた。
「…………」
ドン引くような経歴の者も多かったが、イオはつまらなそうに買ったポテトを一つ口に入れて、炭酸で流し込んだ。
「あ、ちょっとしょっぱいけど美味しい」
死合と呼ばれる、犯罪奴隷たちの殺し合いが始まるまでの少しの待ち時間。
イオはそんなふうにして時間を潰したのだった。
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