26話-恐怖は本へ

1


 刹那に連れられ、彼方はアイスクリームを堪能していた。

甘さも冷たさも彼方のいた世界据え置きで今目の前に存在していた。


これには彼方もにっこり。

ちょっと量が多いハーゲ〇ダッ〇を食べている感じがして大いに満足していた。


刹那の方はと言うと、スイカくらいの大きさがあるアイスをペロっと平らげていた。

頭と胃袋は大丈夫なのだろうか。


「どう?ここ、結構美味しいでしょ」


「う、うん!凄くおいし、い!!」


「それじゃあ彼方の母親と瑠璃の話をしようか。さっき出来なかったしね」


刹那が追加で頼んだアイスを頬張りながら話を進める。


(アイス食べ過ぎ!!!)


彼方もツッコムのを抑えて話を聞く。


「彼方は母親が瑠璃の事を知っている――という事であっているよね?」


「う、ん」


「それはもしかして冒険者としての瑠璃を知っているって事?」


刹那が人を殺せそうな鋭い目になった。

2人の周囲だけ空気が重くなり、彼方が空気に押しつぶされそうになる。

人は雰囲気だけで人を殺せるのかもしれない。


答えによっては彼方の人生はここで終わるかもしれないというプレッシャーの中、考えを巡らせる。


「あ、えと、あ、あ、あー....」


やらかした!こんな明らかな地雷(かも?)を踏みつけて動揺すれば何かありますといっているもの。

彼方の目が泳ぐ。


そこに刹那が口を開く。


「実は...」


彼方は言葉の続きが気になって明日も拝めない。


「...瑠璃めっちゃ有名人なんだ」


――――――――――は?


え?


「え?」


(え?)


「だからめっちゃ有名人なんだよ!1級の冒険者なの、緋桜瑠璃!だから瑠璃の事めっちゃ聞きたくって!!」


刹那がアイスを食べるのを中断し、席を離れこちらに歩み寄ってくる。


「...?」


ぽかん、と。今までとキャラ違わない?と。

彼方は開いた口が塞がらない。


刹那は目を輝かせたままこちらを見つめてくる。


彼方の眼前には妙に親しみがある姿がそこにある。彼方の世界にも沢山いたその存在を彼方はよく知っている。

それは


オタク


彼方のパーソナルスペースが0になる魔法の存在。幾度と見たこの世界では出会えないであろう彼方と志を共にする同志、オタク!


そんな存在がそこにいるではないか。


「瑠璃はねー彼方と同じで魔法を得意としていて――――」


別世界の住人だと思っていた刹那が存外、そうでもないという事実が彼方の緊張を解く。


「うん、うん」


刹那の話を聞く。瑠璃の話をする刹那は少し子供っぽくなるというかテンションがかなり高くなる。


 彼方は刹那の新たな一面を見ることが出来て満足気だ。


2


 「ふぅ、ごめんごめん。この大陸の人、冒険者に興味ない人多くてつい...」


「いいよいいよ、話出来る人見かけると嬉しくなっちゃうから分かるよ~」


刹那がしたかったであろう話も忘れて談笑、時間が緩やかに穏やかに流れ幸せな時間が過ぎる。


しかしそんな僅かな幸せの時間が続くほどぬるい世界ではなかった。


突然の地震。


(震度3かな?)


なんて呑気な事を考えている彼方とは対称に彼方は人を射殺す目をしていた。


「まさかここまで崩壊種が活発になっているとはね」


そう言い刹那の姿が突如消えるのと地面からバケモノが姿を現すのはほぼ同時だった。


 付近の建物を崩しながら地面から現れる巨体と共に小さな蟷螂かまきりみたいなバケモノが湧いて出てくる。


辺りが砂塵で包まれる。視界が悪くなり状況がうまく掴めない。


「駄目、アイスクリーム屋の人1人しか救えなかった」


人を抱きかかえたまま刹那が突然姿を現す。


「彼方大丈夫?怪我はしてない?」


「あ、う、うん」


刹那は助けたアイスクリーム屋の定員に避難の指示を出し、こちらに向く。


「彼方は...学園に逃げて」


彼方の顔に浮かぶ恐怖の色を読み取ったのだろう。刹那はすぐさま逃げるように促す。


彼方もそうしたいが体が言う事を聞かない。腰が抜けてしまったようだ。

初めて命の危機に瀕した瞬間が脳裏によぎる。昨日全身いっぱいに浴びたリアルは彼方の足を掴んで離さない。


「ごめん、動けないかも...」


分かったと一言告げると刹那が優しく抱きしめる。

心臓が一定のリズムを刻んでいるのが伝わる。こんな時でも刹那は落ち着いているのだ。


「目を閉じて耳を塞ぐんだ。大丈夫、落ち着いて。目を開けた時にはすべてが良くなっているから」


言われた通りに目を閉じるする。刹那の体温と吹き抜ける風、そして音だけが彼方の世界となる。


「そう、そのまま耳を塞いで。大丈夫、彼方には指一本触れさせないから」


言われた通りに耳を塞ぎ、更にうずくまる。

全てが夢であるかのように祈る。彼方にはそれしか出来なかった。


そうして時折吹きすさぶ風を感じながら、恐怖に支配された心の中で助けを乞う。


しかし


 ふと疑問が浮かぶ。


私の安全は誰が保証しているのだろうか?


当然の疑問だ。恐怖でうずくまる少女は恰好の的、餌、5秒もあれば死ぬ状況に置かれている。そんな中なぜまだ生きているのか。


そしてその答えは刹那の発言の中にあり、それに気づかないほど彼方も馬鹿ではなかった。


3


 ゆっくりと耳から手をどける。

断末魔が聞こえる。人だろうか、それともバケモノのだろうか。

刹那の声は聞こえない。


ゆっくりと目を開け周囲を見る。

蟷螂の死体、人の死体、死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体


そして、私を守り続ける刹那の姿。


現実感がない光景、私は夢でも見ているの?


でも目の前の恐怖は本物で、辺りから聞こえる悲鳴も本物で、嗅いだことのない日覆は本物で、心臓の鼓動は本物で、ここにはどうしても現実が存在している。


あぁ、悪夢だったらよかったのに。


いや、もしかしたら悪夢かもしれない。


今日は暖かい陽気な日だったからお昼寝をしているのかもしれない。

いきなり魔物が出るわけがない。目を開けたら死体に囲まれてる訳がない。

街中で悲鳴が聞こえるわけがない。魔法も使えない刹那がたった一人で、しかも素手で魔物の猛攻を凌いでいる訳がない。


でも昨日の出来事は本物で、それは今この出来事が現実かもしれなくて。


「はぁ...もうわけ分かんない」


「ファンタジーってこんな殺伐としてるの...?」


「はぁ...」


ガクっとうなだれる。頭の中がぐちゃぐちゃ、かと思ったらまっさらになったりもする。


そういえばと


私にはチートアイテムがあったんだと思い出す。

ブックホルダーから本を取り出す。

本に魔力を流し、剣を創る。


自分でもなぜこんなことをしているかハッキリとは分からなかった。

ただ、刹那が剣を創るようにお願いしていたのを思い出し、創った。

それだけ。


目の前の魔物に苦戦していたから、これで楽になるんじゃないかと思ったから。


何でも無い様に創ったそれを


「刹那~、剣いるでしょ~」


若干の驚きの表情を浮かべ振り向いた刹那に向けて


投げる。


紫の刀身をした剣は真っ直ぐに刹那の手元に届き、不気味に輝く。


「ありがとう、借りるよ」


そう言った刹那の表情は自信と勝利を確信した表情に代わり、魔物の方を見やる。


勇ましい刹那を見たからだろうか、彼方からは恐怖の2文字が消えていた。


「これで、終わり」


終わった、一瞬で。


悲鳴も慟哭も嗤いも何もかも消えた。


刹那の一言で文字通りすべてが終わった。


そこにいるのは、この世界にいるのは刹那と彼方ただ二人だけのように思える静寂。


そんな中、刹那の足音だけは聞こえる。


「ありがとう彼方、助かったよ」


「家まで送り届けたいんだけどごめん、時間だから行かないといけないんだ」


「一人で家まで帰れる?」


刹那が何か言っている。

しかし極限状態にあった彼方は夢と現実の境目が無かった。


んー?と適当な返事をし、仰向けに倒れこむ。


「はは、無理そ――。それじゃあ―――――」


あー眠い


「めちゃ...な夢だなぁ...」


「彼―――、―――に頼も―――」


むりそ~まぶたがおもい


「お..や..す.....」


眩い光に見守られながら彼方は眠りに落ちた。

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