二
俺たちは近くの公園に移動した。公園はその形から三角公園と呼ばれている。度々俺たちはこの公園で最近読んだ小説について話をしている。公園の近くに煙草屋があるからか、夕方頃になるとよくサラリーマンが煙草を吸っている。そのせいでいつも妙に煙草臭いような気がする。
俺たちはベンチに腰掛けて、先程の言葉を反芻した。
「五分じゃ短すぎる。ましてや朝となれば尚更だ、か」
「どんなことが考えられるかな、名探偵さん」
上戸がわくわくした表情で俺に話しかけた。
「名探偵だなんて、やめてくれよ」
「まあ良いじゃん。早速この言葉について考えようよ。どこから考え始めようか」
「そうだな。まずいつ発言したかについて考えてみよう。これについては明らかに朝以外だね」
「どうしてそう言えるの?」
「だって、朝に言ったならば『朝だと五分は短すぎる』と言う方が自然だよ」
「確かにそうだね」
「するとこの発言をした人は何かをやろうとしているんだろう。それをする時間が五分じゃ短すぎるんだな」
「そしてそれが朝だと余計に短く感じられるってことだね」
上戸が肯きながら言った。そして続けた。
「この発言をした人はどんな気持ちなんだろうね」
「それはきっと困っているだろう。五分でするには短すぎることを、更に時間がない朝にやろうってことだからね」
なるほど、と上戸は肯いた。
「五分じゃ短いこと。例えば課題をするのは五分じゃ短すぎるね。朝にやろうとしたらもう大変だもん」
「それはそうだな。というか課題は朝にやるものじゃないよな」
俺がそう言って上戸の方を見ると、上戸はバツの悪そうな顔をしていた。上戸は朝に宿題をやるタイプなんだな、と思った。そんなことは置いておいて推論を立てていく。
「身支度をするのも五分じゃ短いかもな。顔を洗って歯を磨いて着替えて、をするのに五分は厳しいはず。それに朝だと尚更だな」
「そうだ、移動するのも五分じゃ短すぎることもあるよ。例えば、校舎の裏山から教室に戻るとしたら五分は短すぎるね」
「なるほど、移動時間か。それなら五分じゃ短すぎるのに納得できる。ではもし移動時間とするならば考えなければならないことができる。仮に上戸が言った様に校舎の裏山から教室まで移動するのに五分じゃ短すぎるとしようか。それなら何故発言者は校舎の裏山にいるのだろう」
「何か裏山に用事がある、のかな」
上戸が首を傾げながら言った。俺はそれを聞いてから続けた。
「その用事は一体どんなものだろうか。あそこはガラクタくらいしかないからね。野良猫とかいるみたいだけど。後はカラスがウロウロと飛んでる」
「となると、野良猫の世話をしているとかになってしまうね」
「野良猫なら時々うちの校舎に入ってきてるからわざわざ裏山に行く必要ないだろう。それこそ野良猫に子猫が産まれたとかなら話は別だけどさ」
すると上戸はハッとした表情を浮かべて俺を見た。
「もし本当に裏山の野良猫に子供が産まれていたとしたらどう思う?」
その上戸の一言によって、俺の頭の中にあることが閃いた。その事によって、全ての推論に一本の糸が通り、繋がっていく。
「もしそれが本当ならば、こういうことになる。つまり、発言者はある日偶然裏山の野良猫に子猫が産まれたことを知った。裏山はカラスがよく飛んでいて子猫には危険な環境だ。そのため、発言者は度々裏山へ子猫の様子を見に行ったり、世話をしている。校舎の裏山から教室まで五分で移動するのは難しい。ましてや朝は登校してくる生徒でごった返しているから五分で教室に戻るのは更に難しいと感じている。だから『五分じゃ短すぎる。ましてや朝となれば尚更だ』と発したんだ」
上戸は驚いた表情をしている。しかし上戸はどうしてこんな言葉を思いついたのだろうか。
「なあ、この言葉って本当にふと思い付いた言葉なのか。誰かが話してた言葉じゃないよね?」
「うん。ふと思いついた言葉だよ。でも、何だかそれっぽいことをさっき玄関にいた人が言ってたかも……」
俺はある衝動に駆られていた。
「なあ、もしかしたらこれ、本当の事かもしれない。つまり本当に校舎の裏山に子猫が居るのかも知れない。今日はもう遅いから明日の朝、確認してみないか」
「いいね、それ。私も気になる。明日の朝、確認しに行こう」
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