五分じゃ短すぎる
裕理
一
図書室に籠もってからもうすぐで二時間になる。高校に入学してから放課後に図書室で小説を書くことが日課になった。とはいっても、まだ一ヶ月程しか経っていない。ついでに言うと最近は全く何もできていない。何も良い話が思い付かないのだ。俺がミステリ作家を志して小説を書き始めたのは、中学生の頃だ。その頃はよく色んなアイデアを思いついたし、筆も進んでいた。しかし近頃は全くだ。所謂スランプというやつだろう。こういう時はさっさと帰って読書するのが一番だと思う。時計の針は十八時を指そうとしている。俺は帰り支度をして図書室から出ようと扉に手を掛けた。すると後ろから声を掛けられた。
「あれ、もう帰るの? ちょっとまってて。私ももうすぐ終わりだから」
振り返ると、本の貸し出し受付口から身を乗り出して俺の方を見ている女子がいた。上戸新菜だ。俺とは別のクラスだが、中学生の頃からの友人だ。偶然二人ともミステリが好きなことから意気投合した。彼女は図書委員をしており、俺が放課後に図書室に籠もって小説を書いていることを知っている。彼女が図書委員の仕事がある時はこうして一緒に帰っている。
「わかったよ。外で待ってる」
「すぐ行くから待っててね」
そう行って彼女は手に持っていた本を棚へ返しに行った。俺は図書室を出て、扉の近くで彼女が出てくるのを待った。
「おまたせ。帰ろっか」
図書室から出てきた彼女はそう俺に声を掛けて、先に歩き出した。上戸の後ろ姿を見ているとよくもこんな女子と仲良くなれたなと思う。彼女は背が高く、涼しげな顔立ちをしている。同い年の女子よりも大人びた様子だ。肩口で切り揃えられた髪がよく似合っている。彼女と同じクラスの男子が言うには、近寄りがたい女子とのことだ。付き合いの長い俺からすれば、結構抜けているところがあると思う。でもこれは俺だけの秘密にしておこう。
上戸と歩きながら他愛もない話をしていると、ふと彼女は足を止め、首を傾げなら俺の顔を覗き込んだ。
「何か良くないことでもあった? 暗い顔をしてるよ」
彼女は心配そうな顔をしている。隠すようなことでもないため、俺は彼女に事情を話した。
「俺が小説書いていることは知ってるだろ。
実はいつも小説を投稿しているサイトで『五分で読書』っていうコンテストをやっているんだ。それに投稿する短編小説を考えているだけど、何も思い付かないんだよな」
「なるほどねえ。そうだ。何か適当な言葉を私が言うから、それに推論を展開してみるっていうのはどうかな」
「なるほど。そんなミステリあったな。真似をやろうっていうのか。でも俺にできるのかな」
「大丈夫だよ。絶対にできるから」
彼女は笑顔でそう言い切った。そこまで言い切られるとこちらもチャレンジしたくなる。
「そこまで言うならやってみるよ。それで、どんな言葉にするんだ?」
どうしようかな、と上戸は考え出した。気付くと玄関に着いていた。俺は上戸に言葉を考えておいてくれ、と伝えてから靴を履き替えるために彼女と別れた。玄関に二人の女子生徒がいた。たむろして何かを話し込んでいる。こんな時間なのにまだ校舎に残っているんだなと思っていると、ふとどこか嗅いだ事がある匂いがした。何の匂いか思い出そうとしていると、上戸が声をかけてきた。
「ねえ、この言葉はどうかな。『五分じゃ短すぎる。ましてや朝となれば尚更だ』」
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