第124話

 フェロメナの一言がとどめだった。

 橙夜はあるいは期待していた。

 こんな行動に出る連中は「悪」に違いない……しかし現実は、奴隷にされた人々が助けを求めた末の暴挙だった。

「この村は」一人いた老人が口ごもりながら説明する。

「……この村はかつての領主ボーダー様に忠誠を誓っていてな、マリューン様には不服従だったんじゃ……だから見せしめに税を格段に重くされた」

 老人は目元をこする。

「今までは何とかしてきたが、今年はもう無理じゃ。死の冬でみんな死んじまう」

 橙夜は今更思い出す。

 この世界にはまだ「王」がいて「貴族」がいて「領主」がいる。

 それら特権階級の下で、奴隷が、農民がどれほど苦労してきただろうか。

 ……俺は何をしていたんだ? 俺は何をみていたんだ?

 澄香とアーレントの肉体に溺れ、ユーノとの縁談にどこか心躍らしていた。

 橙夜は自分の間抜けさと愚かさに今更身を焼いた。

 上ばかり見続け、下を見ていなかった。

 自分はただ「運」が良かっただけなのだ。

 あるいは……思い出すのは狂気に落ちた亮平だ。

 ……もしかしてあいつは踏みにじられる人々を見てしまったのか? 

「ユーノ殿を逃がしたために、我等の叛意はマリューン伯に伝わっただろう。遠からず軍隊が来る。奴隷の我々はここで死ぬ、だから君にせめてこの愚かな行動の意味を教えたかった」

 マルクは穏やかだった。もう覚悟をしているのだろう。

「て、訳だ。お前は早くこの村を去れ。ちょろちょろしていると巻き込まれるぞ」

 ヨーが手をはたはたと振る。

 敵……橙夜が救ったユーノから訊いたマリューン伯爵の軍隊……橙夜の味方……味方?

 橙夜は分からない。

 いきなり天地がひっくり返った。

「な、何かまだ方法があるはずでは?」

 思わず叫ぶ橙夜に、場にいた者達皆が驚く。

「それをお前が言うか? 我等を遮ったお前が」

 確かに奇妙だ。まさに掌返しその物だろう。

 だが橙夜は本気だった。

 無知で馬鹿だった己を覚醒させるためにも、苦難に苦しんでいる目の前の人々を助けたい。

「君は無関係だ。もうここから去りなさい、しかし頼む、我等がただの賊ではなかった事をマリューン伯に伝えてくれ」

 マルクは頷くと扉を開けさせた。

 外の眩しい光が暗い室内へと入ってくる。

 しかし違う。

 外は光になど満ちてはいない。

 むしろ光に目を奪われ、影を見落とさせる。

「この計画の首謀者は私だ。それも伝えて欲しい」

 マルクが日そう告げた時に、村の若者が乱入してくる。

「誰か来ます! 胡乱な奴らが数十名で」

「来たか」

 部屋の空間が一瞬でぴりついた。

「行くぞ!」雄々しくマルクが宣言し、男達は皆、老人さえも武器を手に外に出て行く。

 橙夜は混乱した。

 ……どうしよう。どうすれば良いんだ?

 来たのが彼を救出するためのマリューン伯の軍隊なら、彼のせいで奴隷にされた人々は傷つく。

 橙夜の本意ではない。

 だがマルク達の立場を考えると、恐らくマリューン伯も話し合いには応じないだろう。

「一つ修正しておくよ」

 男達のいない部屋に残るフェロメナが、橙夜に肩を貸しながら口を開く。

「……首謀者はマルク様じゃない、私だ」

「え?」

「私が知らない男達に問答無用で弄ばれる日々を嫌がったんだ……何しろエヴァも同じ運命だからな。奴隷の子は奴隷……耐えられなかった。だからマルク様を唆したのさ」

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