第122話

「生きているか?」

 どれだけ時間が経ったのか、橙夜が痛みに呻いていると冷ややかな声がかかった。

 苦心して顔を上げると、髪を短く切った女が牢の外から見下ろしていた。

「誰だ? お前は」

 元々、足利橙夜と言う少年はそんなに心身共にそんなに強い方ではない。

 むしろ学校の教師では、誰かの後ろに潜んでいた存在だ。

 だがここ数ヶ月のまさに生死をかけた日々で、彼の胆力も少しは盛り上がっていた。

 ふ、と二十代後半くらいだろう短髪女の唇が綻ぶ。

「ふん、まあまあ元気じゃないか。あんなにやられたにしては大したものだ」

「卑怯にも一人に何人かかったことか」

 橙夜は自分の発言に驚く。

 かつての彼はこんな時に相手を挑発できたろうか。

「……卑怯か……そうなのだろうな。だがお前こそこちらの事情を知らずにそう決めつけられるのか?」

 女は容易く牢の鍵を外す。

「出ろ、そして帰れ……我々の策はならなかった。お前に用はない」

 橙夜は女の口振りから、やはり目標はユーノだったと確信し、同時に訝る。

「いいのか? こんなに簡単に俺を出して」

「いいさ、ユーノ殿を逃がした時点で我々は負けた」

 安堵する。どうやらユーノは逃げ切ったようだ。

「うう……」

 身体の痛みに耐えながら立ち上がると、女が手を貸してくれる。

 不思議な話だ。

 彼女らは何なのか。目的が分からない。

「お、俺は橙夜だ」名乗っていた。

 何故こんな暴挙に出たのか知りたい。その前段階として相手を知りたい。

「私はフェロメナだ」

 橙夜はフェロメナの肩を借り、外に出た。

 不思議な光景があった。

 村人が親しそうに先程橙夜を叩きのめした男達と話している。

 ここはマリューン伯の領土の筈だ。

「お母ちゃん」

 小さな、四歳くらいの女の子が慌てたようにフェロメナの足に抱きつく。

「エヴァ、まだ外に出るなと行っただろ? 全く」

「で、でも」

 フェロメナの娘らしきエヴァはしょんぼりする。

「一体、これは……」

 橙夜の頭は沢山の疑問符に埋まる。

 命も取られず、ただ解放されるのも、村の平和な風景も謎だ。

 橙夜はてっきり盗賊団か反逆者の巣窟かと思っていた。

 が、この村には弾ける笑顔がある。

 逞しい男達を小さな子供達が憧れるように見上げている。

「私から説明しよう」

 不意に横合いから声をかけられる。

 まだ若い痩せた男だった。

「マルク様、まだいらしたのですか? お逃げ下さいと申したはず」

 フェロメナの非難に、マルクはゆるゆると首を振る。

「いや、私もここらで潮時だ」

「そんな」

 名尾を言いつのろうとするフェロメナに、マルクは掌を向ける。

「良いのだ。ここで皆と命運を共にするのが私の運命だ」

 マルクは真っ直ぐに橙夜を見つめる。

「だが……だがな、この少年には我等の存在の意味を伝えておきたい……伝えなければならない気がするのだ」

 マルクは「着いてこい」と踵を返す。

「エヴァ、遊んでおいで」

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