第121話

 橙夜は短い時間で考える。

 このまま逃走するのが一番だ。しかし敵も当然追っ手を差し向けるだろう。 

 橙夜は青ざめるユーノの顔を見つめる。

 彼女は美しい少女だ。敵の目的は分からないが、間違いなく渡してはならないだろう。

「剣を!」

 橙夜は御者に声をかけた。

「いけません! 一緒に逃げましょう」

 気配を察したユーノが囁くが、橙夜はもう怯える御者からロングソードを手渡されていた。

「ユーノ様、私が時間を稼ぎます、どうかお逃げ下さい」

「い、いやっ……そんな酷いですっ」

 橙夜はこんな場合なのに驚く。

 ユーノが見せた感情は『怯え』ではなく『怒り』だ。

「彼等の狙いはわたくしです。なのにどうしてトウヤ様が犠牲にならなければならないのですか? あそこで倒れた共の者達もそうです。わたくしには彼等を何故傷つけたか知る必要があります」

 ここでユーノがただの『お嬢様』ではないと、橙夜は理解した。

 芯のある『お姫様』だ。 

 しかし場が場。

 橙夜は答えず馬車の扉を開いて降りて、非難の目で「待って下さい」と続けるユーノを無視し御者に「逃げろ」と告げた。

「あっ、そんな!」ユーノが何か命令しているようだが、御者は橙夜の方を採用してくれたらしく、馬がいななき馬車は駆け出す。

 敵にとって予想外だったのだろう、村の人々が駆け出した。

 ……どうやら馬はいないようだ。

 遠ざかっていくユーノの馬車を見送りながら彼は安堵する。

 最初の不意打ちの時に、馬を狙いから外さなかった敵の失態に感謝する。

 前方でざわめきが起こった。

 どうやら助かった警備の兵達も態勢を立て直したようだ。

 あんまり良い状態ではないが、希望がない訳ではない。

「さあ、来い!」

 橙夜は借り物の剣を構え、殺到する人々と対峙した。

 あっさり捕まる。

 抵抗は一蹴され、ボコボコにされ、洞窟を改造した牢屋に放り込まれた。

 何やら英雄的な行動をしてしまったが、自分がそんなに強くない事を忘れていた。

「まあ、いいか」

 顔を腫らしながら、暗い天井に語りかける。

「時間稼ぎにはなっただろう」

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