第120話

 事の発端は領地視察だった。

「さあ、行きましょう、トウヤ様」

 相変わらず輝くように微笑む彼女に、橙夜は下を向く。

 何せ馬車の中で彼女に切り出さなければならない。

 婚約は出来ない、と。

 何も知らないユーノは美しい顔を喜びで一杯にし、いつものように馬車に揺られながら

色々と話しをした。

 好きな食べ物。好きな場所。好きな服装。

 ユーノは内気な性格らしく、最初はおずおずとしか話さなかったが、今となってはプライベートについても橙夜に教えてくる。

 何時眠るか、どんな本を読んでいるか。

 橙夜はもう逃げ出したい。

 彼女のこの笑顔を奪いたくない。

 ぐっと堪える。

 アーレントに釘を刺された通りだ。澄香に心を寄せているのに条件を見てユーノと結婚するのは卑劣な事だ。

 橙夜はユーノの話を聞いているフリをしながら、爆弾の投下場所を慎重に定めていた、

「もうすぐ、アムスの村です」

 ユーノはふと気付いて窓から外を見ながら呟く。

 自然に橙夜も外に目が移った。

 あまりにも濃厚な自然がある。

 草原に丘に森……数ヶ月前まで彼がいた場所とはあまりにもかけ離れた風景だが、もう橙夜も慣れて来た。

 だがそれでも圧倒される。

 この世界は美しい。

 森にはゴブリン、草原には時にシャドードッグやジャイアントスネーク等が棲息している危険な場所だが自然の美しさは変わらない。

 はあぁ……と橙夜は見とれてしまった。

 数秒どころか、数分もだ。

 だから違和感を見抜けなかった。

 村だ。

 ユーノは人気者だ。所謂アイドルみたいに領地の人々から慕われ崇拝されている。 

 優しい性格と、国をも傾けそうな美貌故だ。

 だから常に彼女の逗留を知らされた村人達は総出で視察の馬車隊を迎える。

 アムスの村は違った。

 ユーノ達が近付いているのに、村に変化がない。

 それが変化だ。

 あ、と橙夜は今更腰を浮かした。

「馬車を止めろ! 何かおかしい!」

 目を丸くするユーノに構わず御者に叫ぶ。

 慌てた御者の手でユーノの馬車が乱暴に止まり、予想外の事態に対処できなかった護衛達の馬車と馬はそのまま村へと入った。

 一斉に矢が降り注ぐ。

「え!」

 ユーノが悲鳴のような声を出す間に、護衛達は矢ダルマになり打ち倒された。

「くっ」橙夜は自分の油断に歯がみする。

 あまりにも平和な日々か続いたために、彼は自分の剣を置いて来てしまった。

 今更、ぞろぞろと村から人々が手で来る。

 手に手に武器を持って。

 ……どうする?

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