第71話

 それはそれから数日後の事だった。

 良く晴れた朝だった故、橙夜の気持ちも浮き立ち、珍しく小屋の掃除をしていた。

 話しかけられたのは彼が鼻歌を歌い出した頃だ。

「トーヤー」

「うん?」と振り向くとしょんぼりとしたマーゴットがいた。

「どうしたマーゴット? またジュリエッタに怒られたの?」 

 マーゴットの大きな瞳に見る見る水分が溜まり、橙夜は慌てた。

「ど、どうしたっ、どこか痛いのか? 病気?」

「ちがうの」マーゴットはしおしおと呟く。

「ゆびわ、なくしちゃった」

 ……指輪?

 橙夜は眉根を寄せる。意味が分からない。

「ボーダーけの」

 あ、となる。

 見た事があった。ジュリエッタもしている今は無きボーダー家の紋章が刻まれた指輪だ。

 ジュリエッタはもはや無意味となったそれを未だに肌身離さず持っていて、大切にしている。

「おねえちゃんに……えぐっえぐっ、怒られる……」

 マーゴットは遂に両手で顔を抑えた。

 橙夜は焦った。マーゴットをの泣き顔は見たくない。

「どこで無くしたの? 俺、探すから!」

 ぱっとマーゴットが顔を現した。

 涙一つ無い目がきらきら輝いている。

「この小屋の裏辺りかも……でも小屋の中かも知れないからトーヤは見に行って」

「分かった」

 橙夜は素直に頷き、マーゴットを置いて小屋の裏手に走った。

 美神がいた。

 橙夜はその光景に見とれ、足が動かなくなった。

 恐らく朝の鍛錬の後だろう、ジュリエッタがドラム風呂の横に置いた木の台の上で、件の石鹸で体を洗っている。

 ……ジュリエッタって……下も金髪なんだー。

 朝日に照らされた芸術のような裸身に、橙夜が考えたのはそれだ。

 彼女は確かに胸はそれ程大きくない。だが美乳と言う奴で形は見事だった。腰は魅惑のカーブを描き、少し大き目の下半身と繋がっていた。

 全体的にジュリエッタの体は引き締まっており、彼女が生まれのままの貴婦人ではなく冒険者であると、しなやかな筋肉が雄弁に語っている。

「あれ? トウヤ?」

 髪を解いたジュリエッタが、細かくウェーブが連なる金髪をかき分けながら彼を呼ぶ。

「どうしたの?」

 ジュリエッタの頬は赤く、目はとろんとしている。

 風呂の熱で思考が回っていないようだ。

「い、いや、ちょっと……んじゃ」

 橙夜は大事になる前に、後ずさりしてその場を去った。

 ジュリエッタの光のような裸身はあまりにも鮮烈で、記憶層が勝手にしっかり刻む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る