第69話

 皆無言だ。

 まあ大火傷をするかも知れない運命は、誰も回避したいのだろう。

 澄香は当然女の子だからみんなの前では風呂に入れず、頬染めるだけだ。

 予想していた橙夜は、「なら、一番は俺ね」と疑わしそうな皆を見回し、服を脱ぐ。

「ちょっと! 橙夜君」

 澄香は全裸になろうとしている橙夜に狼狽するが、予期していた彼は一部分を隠すタオルのような布を用意していた。

「え! 危ないわよトウヤ!」

 ジュリエッタが慌てて警告するが、構わず木の板を沈め風呂に入る。

 橙夜の体積分の湯がこぼれるが、それだけだ。

「ふぅー」橙夜は久しぶりに入った風呂の中で息を吐く。

 温かい湯は気持ち良い。これまでの筋肉の強ばりをほぐして、溶かしてくれるようだ。

「えっ、あつくないの?」

 マーゴットが代表して疑問をぶつける。

「ああ、水が入っているとドラム缶の上まで熱はこないんだ」

 見ていた皆の目が輝き出す。

 風呂は贅沢な物であり、簡単に入れない……この世界の常識がひっくり返ったからだ。

「つ、つぎ、わたしっ」

 マーゴットは手を挙げるが、ジュリエッタに制される。

「バカっ、あんたが安全かどうか、あたしがその前に調べるわ」

「ボクは手伝ったから当然権利があるポロ」

「リノットはいつも留守番リノ! 譲れっ」

「わたしぃ、一度で良いからお風呂、入りたかったのぉ。水浴びより気持ちいい?」

「ほおおー、ならわしらも入ってみるか」

「そうらな、きょうらい」

 大変な騒ぎになり、結局満足に温まらないまま橙夜は出なければならなくなった。

 布で体を拭き、ジュリエッタの小屋で待つ。

 久しぶりの風呂は何か色々なもやもやをすっきりさせてくれた。

 特有の頭に残る熱がとても心地良い。

「しかしお風呂、考えてたんだね。橙夜君」

 後回しにされた澄香が感心して微笑む。

「ああ、これで少しは君も住みやすくなっただろ?」

「うん……ありがとう」

 小屋には今、澄香と橙夜しかいない。他のメンバーは同性が風呂に入る時は見物し、異性の場合少し離れて順番を待っている。

 澄香の艶やかな唇が近づいた。

「いやー、お風呂って気持ち良いのねー!」

 橙夜の唇に触れる寸前、ばたんと扉が開いてジュリエッタが姿を現す。

 ばっと二人は距離を取った。

「うん? どうかした?」

「い、いや別に……どうだい? これなら簡単に入れるだろ?」

 ジュリエッタは湯で温められ赤らんだ顔に満面の笑みを浮かべる。

「うんっ、これはお手柄。見事よトウヤ!」

 そうこうしていると、ドラム缶風呂を堪能した者達が戻ってくる。

「すごぉい、もうなんか魂が飛んでいくほど気持ち良かったぁ」

「熱くなれば水を入れ、ぬるくなったら火を焚く、温度調節が出来るなんてすごいポロ」

「兄さん、結局私を出し抜いて先に入ったリノね、ぶっ飛ばす!」

 ……色々な感想や人間模様があったが、概ね好評だった。

 澄香の番になり、アイオーンが温度調節係をしている間、二人のドワーフがほかほかの顔で橙夜に話しかける。

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