第31話

「アーレント! 俺の足を治せ! まだ戦いは終わってねー、ルセフ、お前は他の奴らをやれ! アグライアーもだ! 早くしろっ」

 しかし誰も動かなかった。

 亮平の仲間達は白っぽい光を宿した視線で、彼を見下ろしている。

「ゲーム……てのはアレかい? 盤の上で駒を取り合うアレ……ダーリン、あんたオレ達をそう見ていたわけだ」

 筋骨逞しい女戦士は、戦斧を捨てた。

「なら、オレは抜ける。元々オレは傭兵だ、金の分は働いたと思うね……何せ」

 ルセフが唇に嘲りを刻む。

「あんたはオレを夜のベッドでも好きにしたんだし」

 ふふふふ。不意に笑いが起きた。

 橙夜が目を上げると、口元を押さえるアーレントがいた。

「私はあなたの仲間じゃないのよリョウヘイ……」

 彼女はここでようやく無表情の仮面を取った。その下には男の転落を喜ぶ女の夜叉の笑みが隠れていた。

「私はね、あなたがこうして己の傲慢で這い蹲る姿を見たかった……私はただ地母神様の教えのまま傷ついたあなたを癒やした、なのに! あなたは私を力ずくで犯した! 汚れのない体だったのに!」

 アーレントの可憐な顔にはもう憎しみしか浮かんでいない。

「毎日苦痛だった、あなたなんかに弄ばれるのが! でも痛みに耐えたわ、こうしてより強い者に地に落とされる場面を見たくて」

「何だと!」亮平は足掻く。

「お前らは喜んでいただろ? 俺のテクで夢中だったろ?」

「そりゃさ、金を払ってくれるから演技しただけって、あんたさあ、その女への変な扱い、どこで習ったの? ヘンな本でも読んだ? まるで勘違いなんけどさ」

 ルセフは手を広げた。

「てめえら! 口も体もアレもクッセーのに相手にしてやったんだぞ!」

「トウヤ……どうするの? 見てられないんだけど」

 ジュリエッタが近づき囁く。

「殺すの? 出来ないならあたしが」

「ダメだ」

 橙夜は我に返る。彼は決心していた。テオとエヴリンに対する亮平の行動で。

「何だよ、橙夜……」

 亮平は近づく彼を怯えた目で見上げる。

「亮平、すまないが君を殺す……テオとエヴリン……その他色んな人を傷つけた罪で」

「だ、って……アレは、ゲーム」

「ゲームじゃないっ! 人の命は遊びにしてはならない!」

 亮平はまだ動く手をロングソードの柄に伸ばすが、橙夜はその右腕を腰から抜いたダガーで貫く。

「ぎゃあぁぁ」亮平は手を掴んで転がり回る。

 橙夜は奥歯を噛む。あんなに決意したのに痛みに苦しむ亮平が涙でぼやけていく。

「ここまでよ、トウヤ。やっぱりあたしに任せて」

 心配なのだろうジュリエッタが彼の肩を掴むが、それを振り払う。

 これは同じ世界から来た者の役目なのだ。

「済まない亮平」橙夜はダガーを振り上げた。狙いは亮平の首元だ。

 だが、ここで、彼は、躊躇、した。

 人殺しに対する嫌悪が突然首をもたげた。

 その一瞬が全てだ。

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