第30話

「ちっ」

 亮平は咄嗟に橙夜の攻撃を避けようとした、だが彼はどこが狙われるか分からないだろう。橙夜を盾により見失っているはずだからだ。

 跳び退こうとした彼の動きが遅くなっている。

 優勢だったので自覚がなかったのか、亮平の体からキレが失われていた。

 橙夜は敵の盾に隠れながら、亮平の腿の裏、板金鎧のない鎖帷子の部分にショートソードを突き出した。

 容易く鉄の鎖を貫き、亮平の腿に深く刺さる。

『あなたはショートソードの使い方を間違えている、ショートソードは斬ることも出来るけど、むしろ突く武器なのよ』

 ジュリエッタの教えだ。彼女はさらに、

『結局、鎖帷子は点の攻撃には殆ど意味がないのよ。何せただ針金を丸めて連ねているだけだからね』

 と続けた。

 亮平は防具の使い方を間違っていた。

 盾と兜で己の視界を遮っては、敵の動きが分からない。

 咄嗟の時に対応が遅れる。さらに……。

 どうっと亮平が前のめりに倒れる。

 腿の傷は深手で、もう立つことは出ないはずだ。

「……トウヤの勝ちね……ま、当然だけど」

 背後で観戦していたジュリエッタの呟きが聞こえた。

「まず、あのリョウヘイって奴、防具を何でもかんでも着て持っているけど、それらを使いこなせるほどの体格じゃないわ。特に盾、鉄の補強もしている重い板を振り回すのはかなりの力がいるの。あれじゃあ、わざわざ疲労するために持っているような物。板金鎧もそう……きっと体力をかなり削っていたでしょうね。そして剣……言うまでもないけど、ロングソードをふるうには、障害物が多すぎるし狭すぎる……こないだは偉そうだったけど、こうして見てみると彼等二人の力の差はほとんど無い」

 亮平は自分が疲れて動きが鈍くなっていと、ついに把握できなかった。

 ロングソードと板金鎧の見栄えの良さから、それが足かせになるなんて考えなかった。

 盾により死角が生まれる等、頭の片隅にもなかっだろう。

「ううううう」亮平が苦痛に呻く。

 噴き出した血により、もうぴかぴかの板金鎧は汚れている。

「亮平……痛くないか? 痛いだろ? お前はさっきこの世界はゲームだと言ったが、プレイヤーが痛くて本物の血が出るゲームがあるのか?」

「うるせぇ!」

 倒れ伏しながらロングソードを一閃……橙夜は避けなかった。必要がなかった。

 亮平の一撃は橙夜に届かず空を切り、床に散らばる椅子の残骸に食い込む。

 彼の目では橙夜との距離も測れていない。

 橙夜のショートソードが亮平の肩を狙う。

「うわぁ! クソっ」肩をざっくりやられた亮平が罵倒する。

 彼は勿論板金鎧の下にホーバーク、鎖帷子を装備している。だがショートソードの突きにはあまり意味がない。

「くそっ、こんなのいらねー! 何もわからねー!」彼は兜をむしり取る。

 亮平の髪は濡れていた。

「……鉄兜はね、視界を遮り熱気がこもるの。戦の時だけ使のよ、どうして被ったの?」

 ジュリエッタは同情しているようだ。

 どうしてか、橙夜には分かる。

 亮平は何かの間違いで自分達がゲームをしていると思いこんでいる。ゲームでは防具はとにかく装備すればいい。

「……これで分かったか亮平」橙夜は静かに語り出した。

「これはゲームじゃない。現実だ。お前が傷つけて殺してしまった人も現実だ。僕等がそんなに強くならないのも現実。どうしてお前は卑怯な手を使って無理矢理女の子を傷つけたりしたんだよ。お前ほどの奴が!」

 橙夜は喉の奥に熱を感じた。

「僕は何だかんだでお前に憧れていた。いつも明るくてみんなの中心に入れるお前が羨ましかった。いじめられていた僕を助けてくれたお前が格好よかった。なのに……」

「うるせーよ! ザコがぁ!」

 はあはあ、と激しく呼吸しながら彼は絶叫する。

「うるせーよ……お前を助けたのは後で利用するためだし、これはゲームだ。おまえらも女どももみんなゲームの駒だ! それを好きにして何が悪い! 俺のゲームなんだ!」

 ダークの魔法が解ける。周囲は元の明るさを取り戻し、大鍋の前で立ちすくむバロードの姿もあった。

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