第23話
ジュリエッタの手で、積んであるだけの煉瓦が取り除かれる。
暗黒の中を歩いてきたからか、その先は酷く明るかった。
彼女は一人、開いた穴に首を入れ周囲を確認すると。
「いけるわ」と囁いた。
もうイエローローズ舘の中らしい。
橙夜はランタンの蝋燭を吹き消した彼女に続き、窓も調度品もない部屋に出る。長年放っとかれたらしく、埃が何重にも積もり漂い、咳を押さえて何度かむせた。
何せ既に敵地だ。音は立てない方がいい。
「大丈夫よ」ジュリエッタが数度咳き込んでから言う。
「ここは窓はないしドアも厚いから音は殆ど漏れないの」
辺りを見回し、
「どうやらバロードは全くこの隠し通路を知らなかったようね」
橙夜が振り返る。古い暖炉……暖炉型の秘密の出入り口がある。今は奥に穴が開いてあるが、普段ならまさか隠し通路になっているとは思いも寄らないだろう。
「どうしてこの部屋は使われないの? この暖炉とか」
澄香が首を傾げるが、ジュリエッタの返答は簡単だ。
「この暖炉は煙突に繋がっていないのよ」
「ああ」澄香の目が輝く。
窓もなく煙突もない。ならこの暖炉を使えば煙に苦労する。何も知らない者が本当の暖炉として使わないように配慮されている。
「さてと」ジュリエッタはたった一つの扉に近づいた。
問題はこの先なのだ。
「イエローローズ舘の、ここはどこなんだい?」
「ここはね、一階の隅。資材倉庫の隣」
「どこからぁ、警備のぉ、兵士がいるのかなぁ」
「何とも言えないわね。ただバロードは荒稼ぎをしているはずだから、相当数は覚悟しないと」
「で、ジュリエッタ、そのバロードはどこにいると思う?」
橙夜の質問に。彼女は少し俯いて考える。
「……普通の貴族なら最上階でしょうね。でもあいつは錬金術師、あるいは今も何やら研究しているかも」
「だとしたら?」
「意外と近くかもね。錬金術師は自分の技術や発明を独占したがる。だから研究は人目を避ける」
「亮平は?」
ジュリエッタが顔を上げた。
「彼がボディガードなら近くにいると思う……それを祈るしかないわ」
「あ……」澄香が何か口にしかけたが、橙夜を見て黙った。
もう通じているのだろう。彼の決意を。
「で、まずはこの扉ね」
ジュリエッタが厚くて防音らしい扉のノブに手を伸ばす。
「当たり前だけど鍵がかかっているわ」
扉はどうやらどちら側からも鍵が必要なようで、鍵穴が立ちふさがっていた。
「ぶち壊そう」とアイオーンに視線を走らせる橙夜だが、彼女は口辺を緩める。
「魔法でぇ、壊すのは簡単だけどぉ、騒ぎになるわぁ、だけどぉ、私にはぁ、これがあるのぉ」
とアイオーンはローブの胸元をもぞもぞやっていたが、しばらくして細い何かを取り出し、鍵穴へと差し込む。
かちゃり、と時間もかからずアイオーンは解錠した。
「え!」小さく声を上げたのはジュリエッタだ。
「アイオーン……あんた、ただのウィザードじゃないの?」
「うふふふふー、内緒ぉ」
割り切れない様子のジュリエッタが、今はそれどころではない。
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