第22話

 闇がまるで質量を持っているかのように立ちふさがっていた。

 澄香の魔法の光もあったが、少しでも力を温存すると説いたジュリエッタがランタンを持ち、それを破っていくように前進する。

 目的地はセルナルの街の市壁の外にある遺跡だ。否、その表現は間違っている。何故なら、それは遺跡ではなく、わざと遺跡風に作られた、街にもしもの時があったら、やんごとない身分の人々だけが逃げ出せる通路の出入口だ。

 ……しかし……。

 橙夜は暗闇に乗じてシニカルに唇を歪める。

 ……どこの世界もお偉いさんのやることは同じだな。 

 彼も日本の城やヨーロッパの建物に隠し通路があるとテレビから知識を得ていた。

 だが、逃げた貴族達は一安心だが、残った民はどうする。

 ……あるいは偉くなると、そこら辺が考えられなくなるのかな?

 最も、地位の高い者が捕らえられれば戦は終わり、民はもっと酷い目に遭うのかも知れない。

 ……それはそれで、事情があるのかなあ?

「ここよ」と彼が考えている間にジュリエッタが止まり、その背にぶつかる。

「ちょっと、ぼーとしないでね」

「うん、ごめん」

 橙夜は彼女に謝りながら周囲を見渡した。

 漆黒の闇が降りているから殆ど何があるか分からない。怪物や人を象った彫像が並べてあるのは辛うじて分かる。

 ただし、皆破損が酷い。

 人は顔や片手がなかったり、翼がある怪物はそれが片方しかない。

 趣は確かに古代の遺跡だ。

「ここは一〇〇〇年くらい前にボーダー家が地母神を讃える場として造った場所よ、ただその後の戦乱で損なわれて放棄されたけど」

「ほえー」と橙夜が感心すると、炎に照らされたジュリエッタがウインクする。

「なーんてウソよ、本当は一〇〇年も歴史はないわ」

「うえ!」

 ジュリエッタは橙夜が目を見開いたので呆れる。

「説明したでしょ? 遺跡風に造られたって……わざわざ新しい像を破壊して火を放ってそれらしくしたの」

「人間てぇ、姑息ねぇ」アイオーンはエルフ故に夜目が利き、周囲の状態がもっと分かるようだ。

 ジュリエッタは肩をすくめる。

「否定はしないわ。王家や貴族の宮廷内の争いなんてとても話せないもの」

「バロード達は本当に知らないのかしら?」

 澄香は不安そうだ。

「僕は逆に確信が持てたけどね」橙夜に皆の視線が集まる。

「だって、ここから街の中枢に出られるなら、当然警備されているはずだろ? だけどここは本当に墓場みたいだ」

「確かに」とジュリエッタは指を鳴らした。

「で、どこが入り口なんだい?」

「ええっと」ジュリエッタは上半身のない戦士の像の台座を調べる。

「あ、これよ」 

 かちり、と何かの音がして彼女は振り向く。

「手を貸して、この像を台座ごと横にずらすの」

 橙夜とアイオーン、そして澄香が掌を白大理石のひんやりとした台座に当てる。

 最初はびくともしなかった。大理石は重い、簡単にはいかない。と、橙夜が少し力を強めると突然動き出した。

 ずずず、と容易く地面を滑り、ぽっかりとした穴を露出させる。

「この大理石は空洞なの。長い年月で小石が挟まっていたようだけど、ご覧の通りよ」

 ジュリエッタは自慢げだ。

「うーん」 

 橙夜は真っ暗な四角い穴を見下ろす。万が一を想定したが、守備兵達は殺到しなかった。 まあ穴自体に一寸の光もないのが、待ち伏せがいない証拠だが。

 ゴォー、と突如止まっていた呼吸を再開させるように、穴が鳴った。

 橙夜は得も言われぬ恐怖を感じ、一人震える。

「……さて、行きましょうか」

 ジュリエッタは強がっているのか顔が青い。怖いのは彼だけではなさそうだ。

 穴の片方の階段が地の底へと続いている。光源を持つジュリエッタが先頭で、皆全身の神経を集中して降りた。

 黒一色に塗りつぶされた世界。頼れるのはジュリエッタのランタンだけ。

 橙夜は何か不快な感覚が胸にせり上がる。初めて装備した鎖帷子の上着が妙に揺れた。

「大丈夫っ?」突然耳元で澄香が語りかけた。

「え?」

「橙夜君、何だかふらふらだよ」

「そう? ごめん」

 歯を食いしばる。どうやら失神し掛けたようだが、皆が耐えているのに自分だけリタイヤは恥ずかしいを通り越して屈辱だ。

 階段はそんなに続かなかった。下に到着すると今度は石で造られたトンネルになる。

 そんなに広くない。むしろ人が一人通れるのがやっとくらいの狭さだ。

「……ここは逃げる場所だからね、追っ手に剣を抜かせない為よ」

 誰に説明したのか、ジュリエッタが呟いた。

「このトンネルは少し長いわ、……何せ街の中まで通じているから、それから私の後から絶対に離れないで、ちょっとした迷宮になってて罠もまだ機能しているだろうし、他の館にも通じている道が入り組んでいるから。大丈夫、私はイエローローズ館までの道を記憶しているわ。何せ小さい頃よく遊んだから」

 ジュリエッタはランタンを手に笑顔を見せた。

「呼吸はなるべく穏やかに、パニックにならないで。空気穴はあるから、トウヤ、分かってる?」

「ああ」橙夜の頬が熱くなる。どうやら倒れ掛けたのをジュリエッタも見抜いていたようだ。

 ぱんぱん、と二度頬を叩き己を叱咤すると、歩き出した。

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