第18話
橙夜は唖然と、もう一つの地母神の象徴に視線を向けた。
エヴリンの肩が震える。
「私は、母を治してくれる、て言われたから、あの男に……」
「エヴリン……」泣き出したエヴリンの肩を澄香が抱いた。
「何をしたポロ? バロードは」
「……瀉血です」ポロットの質問に、エヴリンは身震いした。
「母の血を桶二つ分抜きました」
「何て事をするポロ!」ポロットが叫んだ。
「そんなに血を抜いたら健康な人も死ぬポロ! そもそもあの人はただの不眠症だったポロ」
「テオは……彼は私が……なのに母が死んだことを怒り、リョウヘイに斬りかかったんです……そしてっ」
エヴリンは顔を覆った。
「それだけじゃねえ」彼女の後を継いだのは、いつの間にか近くに立っている村長だった。「この村で他の病人を診て、バロードは治療代が足りないと言いだしやがった、それで村のめぼしい物を奪い取ったのさ、勿論、村人は拒否して戦った……だがリョウヘイって奴にみんな殺されちまった、年頃の娘達も浚われた……神はやはりわし等を見捨てているんだなぁ」
橙夜は振り返る。略奪と殺戮を受け、傷だらけの村があった。
「このエヴリンもこれから娼舘に売られる、医療費を体で払えってよ」
「そんな馬鹿な!」激しく反応したのはジュリエッタだ。
「だってこの子はもう体を売ったのよ? なのに……」
村長の目が涙に光る。
「あれはリョウヘイがバロードに紹介する紹介料だと、医療費は別なんだと……医療を受けた奴らもほとんど死んじまった……アレは本当に病気を治す物なのか?」
「違うポロ」もうポロットにも元気が無く、呟くだけだ。
……亮平。
橙夜は目眩に襲われた。彼との今までの友誼が鮮明に脳裏を駆け抜けて行く。
「すみません」橙夜は涙を流してエヴリンに謝った。
「すみませんでした」
「ど、うして?」彼女は首を傾げる。
橙夜が謝るのは、後悔するのはテオだ。彼に余計な事をした。
剣を教えてと、ジュリエッタに頼んでしまった。それが無ければ、テオは亮平に立ち向かわなかったはずだ。
「僕がテオを殺したんです。彼に戦う術を与えてしまった、すみません! 僕のせいだ」
「……テオはもし教えて貰わなくてもリョウヘイと戦ってました。あの人は正義感が強かったから……私は………………そこが好きで……」
最後までエヴリンは続けられなかった。顔を伏せて嗚咽する。
この時、まさにこの時、足利橙夜は決心した。
……もう、元の世界には帰らない。
瞼の裏に家族の姿がちらつく。父、母、妹。
もっと話しておけばよかった。もっと優しくしておけばよかった。もっと遊んでやれば……ごめんねみんな……さよなら……許してくれ、父さん母さん。
彼は澄香の肩にそっと手を置く。
「澄香さん、もし赤い髪のエルフが見つかったら君だけ日本に帰ってくれ」
「え?」彼女は不可解そうに見上げる。
「僕は帰らない……帰れない」
「どうして?」
「……僕はこの世界で亮平を殺す」
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