第16話

 やはり体育用具倉庫にいたのはばれていたようだ。今更だが。

「確かに亮平君は魅力的だった、そう思った。でもきっと私の答えはNOだったよ。その後隠れている君を捕まえて怒鳴っていたよ。何も言うことはないの? て」

「それって……」彼には想像できなかった。いつも学校を一人で過ごし、放課後にやはり一人で図書室に現れる澄香のそんな激しい姿が。 

 ……だけど。

 今更思い返すと、蒲生澄香は強い。誰かではないが、この世界にうようよいる虫やら蛇やらと遭遇しても騒がないし、今回は別だが体調を崩すのも少ない。

 あるいは一人耐えているのか。

 とにかく、確かに橙夜は亮平に指摘されたように女々しいのかも知れない。

「あれ?」澄香は半身を起こした。

「まだ寝てなよ」と橙夜が慌てるが、澄香の澄んだ瞳は真っ直ぐ彼を見ていた。

「……今の話しってうやむやになるもの?」

 澄香は何か不満のようだ。唇を尖らせている。

「ええっと……何かあったっけ?」

「むーん」彼女は腕を組んだ。

「そっか、話しの流れで気付くだろうと思ったけど、橙夜君は簡単じゃないのね」

「え?」

「だーかーらー、亮平君の告白を断って橙夜君に訊ねるんだってば」

「あ!」橙夜は今更、先程の会話に込められた気持ちを悟った。

 だが俄に信じられない。目を瞬かせて、もう一度確認する。

「……それって……澄香さんが、僕を……」

「好きだって事よ! リリルの村でも言ったでしょ!」澄香が焦れて先回りをする。

「で、でも、何で? 僕なんか……」思い出す。彼女と知り合ったのは図書館で、本を取った時だ。それから仲がよくなり、自分の好きな本を挙げ合い、お互いに読んで感想を語り合った……だけだ。

「それがとても楽しかったの! ほら、私あまり友達いないから」

 不思議だ。蒲生澄香はこんなに可愛らしく、聡明なのに。

「何故かね……」彼女はまた彼の内心を読んだらしい。まるでエスパーだ。

「いつからか、日本の学校は運動が出来て活動的な子が凄い、と思われるようになったの。でも変じゃない? 本が好きで本に詳しい子や、草花が好きでそれに詳しい子だって価値は変わらないのに……だから私はただやかましいだけの人達から距離を取ってた」

 どうやら彼女の中には沢山の思いが詰まっているようだ。

「人の価値は運動能力やコミュニケーション能力じゃないと、思う。だってそうならばそんな人達が社会に出て偉くなる? 何かなせる? 結局それ以上の人達に埋もれていくだけよ。だけど優しさは違う。人を労って傷つけない、それが人間社会にとって最も重要だと私は思う」

 いつの間にか澄香の声に力が戻ってきていた。

「この世界、アースノアに来て生活して、色々見て、より一層そう強く思うようになったわ……人を騙してお金や名声を得ても、そんな物何にもならないのよ」

 ここで澄香は大きく呼吸をする。

「亮平君は間違っているし、格好よくもない。むしろ人の弱みにつけ込むなんて最低よ! 彼は何か言ってたけど、私は橙夜君から離れて亮平君の所に行くくらいなら死ぬわ」

 橙夜は圧倒された。澄香がこんなに峻厳だとは思っていなかった。穏やかで清楚な見た目な彼女だが、人は見た目に寄らない。

「私はそれより、他人を思いやれる人の傍らで微笑んでいたい。どんなに辛くてもそんな人がいれば我慢できる……それが本当に女が誇るべきことよ」

 ここで橙夜に向いた澄香の瞳は苛烈だった。

「だから私は、橙夜君が好き……元の世界に帰ったら付き合うし、簡単に別れない……あなたは?」

 怯みはあったが、彼も笑みを浮かべた。

「きっと君は僕を過大評価し好きだよ……でも嬉しかった……僕も澄香さんが好きだ!」

 胸を張って、胸を張って告白した。いつかのようにこそこそ体育用具倉庫に隠れず、真正面から。

 二人はしばし見つめ合った。緊張がガラスのように張りつめている。が、徐々に、固く結んだ紐が解けて行くように、それは緩む。

 二人の唇は自然と近づいた。

「あっ! 私ミント噛んでない! ちょっと待って!」澄香は今更身を引こうとしたが、橙夜は構わず力一杯抱き寄せてキスをした。

 二人の吐息と心は混ざり合った。

 若さはそれで満足しなかった。橙夜の手が澄香の服の胸部の中に滑る。

 が、澄香のぼんやりとした目が大きくなり、彼の頭を掴んでねじる。

「あれ……」

「…………」橙夜も澄香の言わんとしている事が分かった。

 寝室を遮る布の天蓋に数人の人影がはっきりと見て取れた。

 いつの間にか盗み聞きされていたようだ。

 橙夜は目頭を揉むと、該当するだろう人物の為にわざと驚いて見せた。

「あ! 蛇だ!」

「きゃわー! へ、へび? どうして家の中にっ!」

 人影の一人が騒ぐ。

「…………違うの」担がれたと悟ったジュリエッタが言い訳と共に天蓋をかき分ける。

「ええっと……あたしも疲れたから……その……少し、眠ろうと……そう、決して息を殺して推移を観察していた訳じゃないからね! 勘違いしないで」

 対して続いて姿を現したアイオーンは直球だった。

「トウヤ君、スミカちゃんと仲良くなったのぉ? ならぁ私とも仲良くぅなろぅ。私ぃ、ハーフエルフが欲しぃ」

「アイオーン!」ジュリエッタが飛び上がる。

「ずるい! じゃなくて……ええと、はしたないわよ」

 揉める二人の横で、ハーフリングが毒ずく。

「ち、見逃したか。人間の交尾を見たかったのに」

「ポロット兄さん、ポロを忘れているわよ……わすれているリノ!」

 ……こいつらやっぱりキャラづけでポロとかリノとかくっつけてたのか!

 騒ぎは続いたが、橙夜と澄香の目は冷えた。

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