第14話

 木剣の一撃を、橙夜はやはり木剣で受け止めた。

「はいはい、そこで休まない!」

 ジュリエッタはぱちぱちと手を叩いて、汗だくの二人を促した。

 橙夜は肩で息をしているテオから離れ、木剣を構え直した。

 リリルの村から追い出されて数日、テオと、澄香の治癒によって復活した橙夜の訓練は続いた。

 テオは村から追い出された橙夜達を走って追いかけて来た。

「あまりあたし達と関わらない方がいいわよ」

 ジュリエッタは忠告したが、彼は受け入れなかった。

「今見てて分かった。やっぱり剣の訓練は必要だ、あいつらにいいようにされないために」 テオは真剣だった。ジュリエッタはだから自分が住む小屋の場所を教え、彼は毎日通うようになった。

 勿論、村の家族を誤魔化してだ。

 彼の相手となったのが、丁度亮平に叩きのめされた橙夜である。

 二人の木剣での訓練は苛烈だった。

 愛する者の危機が間近に迫るテオと、一方的に幼馴染みにボコられた橙夜の強さに対する渇望は強かった。

 橙夜とテオは時に体を痛めるほど、木剣を叩きつけ合った。

「うんうん」と再び戦いに戻る二人に、ジュリエッタは満足そうだ。

 訓練が終わると、ジュリエッタにどこを直せばいいか聞き、二人は近くの小川で体を拭く。

 自然とその時間がテオとの会話の時間となった。

「俺、本当に冒険者になろうかな? どう思うトウヤ?」

「でも、ジュリエッタも言ってたろ? 冒険者は真っ当な職じゃないって。テオは確か長男だろ? 土地があるじゃないか」

「あんなのは結局領主様の物だ。俺は親父のような農奴になりたくない」

「だけど、そんな生活が最も幸せになれるらしいぞ」

 テオの目元が暗くなる。

「ああ、エヴリンが嫁に来てくれたらな……だけど」

 橙夜はテオの言いかけた後が読める。エヴリンは狙われているのだ。

 誰あろう、彼の幼馴染みに。

「冒険者になって、大金を手に入れられればエヴリンを助けられる」 

 テオの決意しているようだが、橙夜は目をそらした。

「一攫千金? そんなのほとんどないわよ」ジュリエッタにいつか訊ねた時、そう帰ってきた。

「あれってむしろ伝説みたいで、殆どの冒険者がその日暮らしでも困るくらいなのよ、大体、そんなに宝を集めている怪物に人間が適うと思う? マンティコアなんて一体だけでちょっとした街なんか何も出来ずに壊滅よ。結局、冒険者が相手できるのはゴブリンとかオークとかコボルドとか、そんなみみっちい連中くらい」

 ではジュリエッタは何故冒険者なのか。

「私は……昔、お父様に世話になった人達から有り難いことに色々と便宜を図って貰えるし……冒険者になったのは……」

 ここから先、橙夜は聞けない。いつもジュリエッタは唇を固く閉じ、先を続けない。

「じゃあトウヤ、俺は村に帰る。あまり遅いと怪しまれるからな」

 いつの間にか服を着たテオは橙夜に笑顔で手を振ると、踵を返した。

「ああ、また訓練で」

 橙夜も水浴びを切り上げ、ジュリエッタの小屋へと向かった。

 実は訓練などよりも今は小屋にいたい気分だった。

 そっと扉を開けると、リノットが暖炉でお湯を沸かし、その前のカーペットでマーゴットとタロがくつろいでいる。

「あら? お帰りなさい」

 マーゴットがちょっと手を挙げ、タロの尻尾も振られる。

「どう?」橙夜はマーゴット達に微笑みながら、リノットにそっと訊ねる。

「熱は下がったリノ……だけどアレはまだリノ」

 ばつが悪そうに彼は澄香の寝ている天蓋付きベッドに視線を向けた。

 リリルの村から帰ってすぐ、澄香は倒れた。

 ショックが大きかったのか、かなりの高熱を出しジュリエッタ達を青ざめさせた。しかしポロットは何ともない風で薬草で作った薬を処方し、澄香の高熱はすぐに下がった。

 皆一安心したが、それが発端になったのか、今度は彼女は月のものが始まり、澄香の熱は再び上昇した。

 ポロットはリノットに役割をバトンタッチし、ハーフリングの妹が彼女の世話係となり、心配してくれたアイオーンも澄香の傍らにいる。

 はあ、と橙夜は嘆息しかできない。

「大丈夫リノ」とリノットが励ましてくれた。ポロットは食べ物を探すために外に出ている。

「女の子の常リノ。それに他は異常はないリノ」

「うん」

 だが橙夜が浮かない顔なのは、澄香のショックを受けた原因だ。

 川中亮平……あの男の暴虐とそれに完膚無きまでに叩きのめされた橙夜達。それが深奥にあるのは間違いない。

 彼は思い出す。色の失った過去だ。

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