第13話

 意味をすぐに痛感する。ショートソードの加減した一撃など、鎖帷子を着ている亮平には何の意味も成さない。せめて力を全て込めるべきだった。そうすれば打撃のダメージはあったはずだ。

「おらっ」

 微動だにしない亮平の蹴りが橙夜の胸に炸裂した。

 一瞬呼吸の仕方を忘れた彼は、威力を殺せず吹っ飛び、背中を地面に打ちつける。

「ほれっ」と立ち上がろうとした橙夜の顔にブーツの爪先を突っ込んだ亮平は、再び倒れる橙夜を蹴りまくる。

「おら、おら、おら、おら」一発一発が重く、橙夜の体は無惨に傷ついていく。

「やめてっ!」澄香が悲鳴を上げる。

 ジュリエッタは武器を取り戻せていない故加勢できず、アイオーンはアグライアーの相手で精一杯だ。

 亮平は澄香に構わず、ロングソードの先を無様に倒れる橙夜に向けた。

 目が狂気に近い光を孕む。

「選べ! 澄香」

 亮平は泣き顔の澄香に笑いかける。

「こいつが死ぬのを見るか、俺の所に来るか」

 彼は腕を組むルセフと表情のないアーレントに順番で顎をしゃくる。

「この二人のように可愛がってやるよ、こいつらに訊いてみな、いつも天国を感じているって、もう俺なしじゃ生きていけねーらしいぜ……お前もすぐそうなるさ」

「もう橙夜君を傷つけないで……」

 澄香は唇を噛み、何とか泣き顔を引っ込めた。

「ダメだ」橙夜は掠れた声で澄香の決心を翻そうとする。だが、

「うるせー、負け犬!」

 と今一発亮平からのキックを受ける。

「ぐぅ」橙夜の口から鮮やかな朱色の血が吐き出された。

「わかった、わかりました! あなたと行きます」

 澄香は慌てて二人へと近づく。

「へ、それでいい、今夜から可愛がってやるからよ」

 亮平は向けたロングソードを橙夜から逸らした。

 その瞬間。

「グルルル! ガウッ」

 突然現れた犬……タロが剣を持つ亮平の手首に噛みつく。

 誰もが失念していた。タロも……魔犬シャドー・ドッグも連れてきていたことを。

 シャドードッグは少しの距離なら瞬間移動できる。タロは橙夜の危機にその能力を使った。

「うわぁ!」不意を突かれた亮平は血まみれの手からロングソードを落とす。

「うぉぉぉぉ!」橙夜は残った全ての力を使い、亮平の仲間が反応する前に立ち上がり、辛うじて手にあったショートソードで亮平の顔面を薙いだ。

「ぐぎゃぁ!」亮平は絶叫した。目の真下の一本の線から血がどばどばと噴き出す。同時にタロが消え、橙夜の足元に現れる。

「……うう、くそう」彼は憎悪に満ちた目で橙夜とタロを撫で、叫ぶ。

「やってくれたな! クソ共! アーレント! アーレント、早く俺の傷を治せ! こいつら滅茶苦茶にしてやる!」

 アーレントは動かなかった。風に揺れる金色の巻き毛を手で押さえ、きょとんとしている。

「何してんだよ! この愚図! 早く俺に治癒の奇跡を!」 

「あれー」小首を傾げたのはジュリエッタだ。

「確かあんたさっき、俺を治すな、とかその子に命令してなかったー? え! 今更助けてーて? カッコワルっ」

 ジュリエッタは身震いするように肩を抱いた。

「く、く……」血まみれの亮平の顔が赤くなる。多分恥じ入ったのではない。屈辱と憎しみに染め上げられたのだろう。

「てめえら、覚えてろよ……」亮平は低い、地を這うような声を出すと踵を返した。

「今日は帰るぞ! ルセフ! アグライアー……それから、クソアーレントは後でお楽しみだ!」

 川中亮平の一行はこうしてリリルの村から去った。

 橙夜はまだ彼の背中が視界にある内に限界を迎え、その場に崩れる。

「クゥーン」と最大の功労者、タロが心配して頬を舐める。

「……橙夜君」涙を流しながら澄香が駆け寄った。すぐに治癒の奇跡を彼に掛ける。

「全く」ジュリエッタはレイピアを拾いながらぶつぶつ文句を口にした。

「どうして最後の一撃であいつの顔を半分にしてやらなかったの? ああ言った輩は殺すべき時に殺す物よ」

 彼女は見抜いていた。橙夜は亮平に結局手加減してしまった。

 橙夜は俯く。

 彼も理解していた。今の亮平はどうしようもないと。が、今まで橙夜はこの世界で人を殺すどころか、ゴブリン以外、動物も傷つけていない。

 人に剣を振り下ろすなんて想像も出来ない。

「僕は……できなかったんだ」

 ジュリエッタは何かあるのか口を開いたが、その肩にアイオーンが手を置く。

「まぁ、みんなぁ無事だったしぃ、よかったんじゃなぃ?」

 ……多分よくない。

 橙夜は密かに否定した。亮平は必ず復讐を考えるだろう。

 ……その時傷つくのは……。

 彼は頭を掻く。自分の弱さ故の過ちを自覚していた。

 ……亮平を殺すべきだったんだ!

「あんた達!」

 顔を上げると厳しい表情の村人達に囲まれていた。

「バロード様の遣いに何て事をするんだ! もしこれでこの村への医療がなくなったらどうするつもりだ! 病人達が待っているんだぞ」

「だから、バロードの医療は……」

 反論しようとしたジュリエッタに石が跳ねる。

 村人が投石したのだ。

「この村から早く出て行ってくれ! そして二度と来るな!」

 ジュリエッタとポロットは悔しさに震えているが、アイオーンが黙って首を振った。

 橙夜達一行はリリルの村から追い出された。


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