第11話
「やっちまえ! ルセフ!」
「あいよ、ダーリン」トウヤの知り合いらしい異世界人に、女戦士……ルセフという名前らしい……がバトルアックスを構えながら答えた。
ジュリエッタは女性とは思えない筋肉だらけの敵の上から下まで視線を走らせる。
年の頃は二〇歳を少し過ぎたところ、顔立ちは美人で通るが、洗ってないのかごわごわの黒髪は塊になり肩に乗っている。
装備は肩が剥き出しになった革の胸鎧だけで、後は布の腰履きとブーツ。
……結構ホネかもね。
ジュリエッタはルセフの露出した肌の部分部分に残る古い傷跡で彼女が相当戦歴を積んでいると踏んだ。
「可愛いお嬢さん。悪いけどあんたはもう人に見られない顔になるよ」
ルセフはゆらゆらとバトルアックスを誇示しながら、黄ばんだ歯をむき出す。
「どうかしら」対してジュリエッタは平静だ。
ジュリエッタに剣を教えたのは、父の側近だった凄腕の騎士だ。
色々問題がある彼女だが、実は剣に関しては師意外何者にも遅れを取ったことがない。「お前は娼婦か冒険者になりなさい」
あの女からその言葉を投げつけられてから、ジュリエッタは冒険者として生きる為に剣の鍛錬も欠かさないでいる。
だからルセフを恐れない。
自分より遙かに長身でワイルドな女だとしても。
「あんたが何か知らないけど。剣士は口でなく力で語るべきだと思うわ」
ルセフの目が尖る。
なるほど。とジュリエッタはもう一つ見つける。
……大して頭が回る相手でもない。
「ならオレの力を思い知れ!」
ルセフが突進してくる。どすどすと一歩踏む度にブーツから土煙が上がった。
筋肉の塊の突撃、普通の人なら戦慄しただろう。
だがジュリエッタは肩をすくめただけだ。
ルセフはバトルアックスを頭上に持ち上げ、レイピアを構えるジュリエッタに叩き落とした。
まるで猫のようにジュリエッタの軽やかに前転し地を割る一撃かわす。その勢いのまま立ち上がり、レイピアを一閃させた。
「うっ」ルセフの声と太ももからの出血は同時だ。
「大味ね。不味すぎるわ」
ジュリエッタは冷ややかにルセフの目を見返すと、怒りで顔を赤くした彼女の二撃目を背後に跳んでやりすごした。
「この小娘っ」
ルセフの奥歯が鳴り、バトルアックスは嵐のようにジュリエッタに襲いかかる。
だがジュリエッタはその軌道を完全に見抜き予想し、最小の動きで蝶のように避ける。
時折レイピアを突き、ルセフの肉に食い込ませるのも忘れない。
ルセフの顔が歪む。自分が圧倒的に不利だと理解しているのだろう。
「何をしているルセフ! お前には高い金を払ってんだぞ!」
亮平が怒鳴り、彼女のこめかみに血管が浮き出た。
「分かっているよ! 今仕留めるから黙ってな!」
が、ルセフのバトルアックスはやはり空を切るだけで、ジュリエッタの影にも届かない。 はあはあ、とルセフが肩で息をするようになる。
……はあ、あんたも肉ばかりは止めてミントを噛みなさいよ。
ジュリエッタはルセフの口臭に内心辟易した。言葉にしなかったのはそれで敵を激昂させて、普段以上の力を出させる愚を避けたからだ。
「やるねえ、お嬢ちゃん。顔だけじゃないようだ」ルセフはジュリエッタの表情を読めず、大きく息を吐いた。
「ありがとう、あなたも思ってたより頑丈ね」
ルセフは両手をだらりと下げ、バトルアックスを地面に刺した。
「だけどね、お嬢ちゃん」ルセフは唇を歪める。
「あんたの剣はお上品すぎるんだよっ!」
バトルアックスが跳ね上がり、土がジュリエッタを打つ。
「これで終わりさ!」
ルセフは土煙の中のジュリエッタに武器を振り下ろした。
「な!」ルセフは愕然とした表情になる。やはりジュリエッタを捉えられなかった。
彼女は素早く横にずれ、ルセフは腕にレイピアの一撃を与えていた。
「悪いけど、そんな手くらいお見通しよ」
ふふん。とジュリエッタは得意になるが、ぽとりと頭に何かが落ちた。
バトルアックスで飛ばされた土の中にいたものだ。
「きゃわー! ムカデ! ムカデ!」
ルセフはジュリエッタの動揺を見逃さなかった。一気に間合いを詰めてバトルアックスを横に薙いだ。
かきーん、と高い音が鳴りジュリエッタの手からレイピアが吹き飛んだ。
「世の中何があるか分からないね、お嬢ちゃん」
ジュリエッタは首筋に当てられたバトルアックスの刃の冷たさを感じながら、内心罵倒する。
……ジュリエッタのバカ!
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