第10話

 一瞬で足利橙夜は一ヶ月近く前に戻っていた。

 ビルとアスファルトに囲まれた現代日本。通っていた何の変哲もない高校。最近少し煩いと思い出したが、今は懐かしい父母と妹。

 川中亮平との邂逅は、橙夜に故郷の匂いを思い出させてくれた。 

「亮平? なのか……」 

 亮平はこの世界の服でも上等な部類のそれを身につけていて、腰にロングソードを下げていた。体格はますます良くなり、自信に満ちあふれている。

「あ、橙夜!」彼も橙夜を見出し、目を丸くする。

「お前もここに来ていたのか!」

 亮平は嬉しそうに駆け寄る。

「んだよ、なら早く会いたかったな、ええっ」

 ばんばんと橙夜の背中は叩かれた。

「川中君?」

 澄香が現れると、亮平の顔つきが分かりやすく変わる。

「蒲生さん! 蒲生さんも異世界に飛ばされたんだ。あの赤いエルフに」

「ええ」と澄香がうっすらと笑みを浮かべた。

 橙夜の胸が騒ぐ。記憶が鮮明に蘇る。

 亮平は澄香に告白をしていた。まさにその時異世界に飛ばされた。

 橙夜には二人の気持ちがどうだったか、確かめる術はない。

「いやー、よかったよ」と橙夜は頬を引き締めた。

「この世界は危ないからな、でももう大丈夫だ」と厚い胸板を張った。

「俺が君を守るよ、今の俺にはその力があるから」

 ちらりと亮平の視線が橙夜に向いた、彼の体格を品定めしているのだろう。

「あの、リョウヘイさん。私決心しました……あなたに抱かれます。ですらお母さんをバロード様に会わせて下さい」

 異世界者同士の会話に、決心した様子のエヴリンが割り込んだ。

「え! それって……」

 澄香の反応に。ち、と亮平は小さく舌打ちをする。

「その話はさ、後でしようぜって、空気読めよ! 俺達はようやく再会したんだぜ」

「亮平……お前がエヴリンさんの体を求めているのか?」

 橙夜の頭の中で何かが繋がる。テオがどうして勘違いしていきなり襲ってきたか。それは同じ人種だったからではないか?

「うるせーな、かんけーないだろ、橙夜」

 亮平の機嫌が一気に最悪になる。目を細めて橙夜を威圧してきた。

「関係あるわ!」叫んだのは澄香だ。

「川中君、この世界でそんな事していたの?」

「いや……その、違うんだよ。金がないって言うから……そのね」

 亮平がへどもどになる。惚れた女の前では悪事を認められないのだろう。

「……最低ね」澄香が顔をしかめた。

「橙夜君はエヴリンさんを助けようとしていたのに」

「ああ?」亮平の整えられた眉が跳ね上がる。

「橙夜君? えらく仲良くなったなお前達」

 亮平は尖った視線で橙夜と澄香を撫で、いやらしい笑いを浮かべる。

「へー、そう言うことかー。やってくれるなぁ、橙夜」

「何のことだよ?」

「惚けるな! 俺の女を寝取ったくせに!」

「ちょっと!」澄香が鋭く割って入る。

「勘違いしないで、私はあなたの女じゃないし、橙夜君とは何もないわ!」

「そうかい、ならこっちに来いよ澄香。どうせ橙夜と何かじゃろくな生活できなかっただろ?」

 いつの間にか亮平は「蒲生さん」ではなく「澄香」と呼んでいた。

「嫌」対して澄香の返事は短く、嫌悪に満ちている。

「正直、告白され時は付き合うか迷ったけど、今答えが出たわ。私あなたみたいな人嫌い」「んだと! やっぱり橙夜に寝取られたな」

「私、そんな女じゃないわ! だけどそうね、今の私は橙夜君が好きよ」

 橙夜の鼓動が早まる。まさかの告白だ。

「はん」としかし橙夜は鼻で笑う。

「まあ、口で拒否できるのも今の内だ。すぐに俺から離れられなくしてやるぜ、こいつらみたいにな」

 亮平の左にローブの少女、右にバトルアックスを担ぐ長身の女が並んだ。

「どうやらこじれちゃったみたいね」成り行きを無言で追っていたジュリエッタがレイピアを抜いた。

「はぁ、異世界人てぇ、悪党もいるんだねぇ、やっぱりぃ」

 アイオーンも橙夜の後ろに着く。

 その間に亮平は上から被るタイプの鎖帷子・ホーバークを素早く着用した。

「橙夜よお、お前みたいなインキャを今まで構ってやった礼がこれかよ? ただで済むと思うなよ」

 亮平の目に悪意がちらつく。

「誰も頼んでなんかいない!」亮平の正体を実は足利橙夜は知っていた。常に彼を見下し、幼い頃から彼の物だとしても自分が気に入れば平気で奪う。『友達』だとか『幼馴染み』と誤魔化して、橙夜を子分にしていた。だけど、どこかで自分の間違いを見つける。と橙夜は信じていた。実際、元の世界だったら社会に揉まれて己を知っただろう。が、ここは力だけが信奉される世界だ。

 あるいは川中亮平はこのアースノアの水の方が性に合っているのだろう。

 亮平グループと橙夜一行の戦いは、こうして始まった。


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