第6話
タロはむしゃむしゃとウサギにかぶりついている。
言うだけあってポロットの腕は抜群だった。タロを一目見るなり、「この子は雌で三歳くらいポロ、まだ若いポロ」とタロの概況を一目で見抜き、色々と薬湯などを飲ませた。
結果、時を経ずタロは立ち上がり自ら獲物を狩って戻ってくるようになった。
そう戻ってくる。
タロはどうやらすっかり橙夜に懐いたようで、彼が間借りしているジュリエッタの家に住み着いていた。
「いい子リノね」リノットがタロの頭を撫でる。
「シャドードッグは元々頭がいいポロ。この子も誰が恩人か分かっているポロよ」
すっかり元気になったタロを一応診察しながら、ポロットとリノットが話している。
橙夜は安堵した。これでタロはいつでも元の生活に戻れるだろう。
だとしたら次は自分達だ。
赤い髪のエルフを探し出して、元の世界に帰らないとならない。
何せ澄香が着たきりの服について不満を漏らし始めた。
この世界ではどうやら洗濯はあまり頻繁にしないらしい。澄香はセーラー服から着替えた服のままずっと過ごしている。
女の子としてかなりフラストレーションが溜まっているようだ。
橙夜はだから敢えて澄香をスルーする。こんな時の女の子は男の欠点ばかりを探しているからだ。
丁度アイオーンが窓側で本を読んでいた。鼻の眼鏡のずれを何度も直している。
彼女が窓際で本を読むのには理由がある。小屋が暗い。
電灯がない世界、昼間は太陽を光源として頼む。だがジュリエッタの家の窓は恐らく『死の冬』対策なのだろう少なく、故に昼間でも窓際以外暗い。アイオーンが窓の横に椅子を置くのも無理はない。
ちなみに夜は蝋燭を灯す。ただしこの蝋燭は獣脂で出来ているらしく酷く獣臭い。街には高価な蜜蝋の蝋燭があるらしいが、冒険者の最大の敵は贅沢なのだ。
「そう言えば」橙夜は辺りを見回す。
「ジュリエッタはどこに行ったんですか? また冒険?」
アイオーンは本から目を離さず、
「ジュリちゃんはぁ、妹さんのところぉ」
と答える。
驚いた。あのジュリエッタに妹がいるとは……さぞかし姉について苦労しているだろう。
「あらぁ、トウヤ君泣いているぅ? よく分かったわねぇ、ジュリちゃんのぉ妹マーゴットちゃんはぁナイトヒートとかぁ呼ばれている大病を患っているのぉ」
「そうなんですか」意外な展開に彼が口に出来るのはこれだけだ。
「ナイトヒート? どんな病気ですか?」
苛々していた澄香が口を挟む。興味を引かれたのだろう。
「ええ、何でもぉ、夜に熱が出てぇ、徐々に消耗して行くらしいのぉ。だから今日はジュリちゃん街へ行っているわぁ、治療を受けさせるんですってぇ」
「治療ポロ? ナイトヒート?」
ポロットが突然割って入る。
「どんな治療ポロか?」
「ううん?」とアイオーンは本を閉じる。
「瀉血と水銀薬よぉ」
「え!」橙夜は澄香と同時に驚いていた。
瀉血と水銀……歴史に疎い彼も知っている。昔、人々は病気が体の中の悪い血によるものだと信じて血を抜いたそうだ。当然間違った医療だ。それによって逆に体を悪くして沢山の人が亡くなった。
水銀……これは猛毒だ。錬金術師を名乗るペテン師が広めたデマで、体を治すどころか水銀中毒にさせ、患者を死に至らしめる。
「それはダメポロ!」
ポロットも知っているのか、大きな身振りで否定した。
「どちらも人体に悪い影響を与えるポロ! すぐ辞めさせるポロ」
だがアイオーンは首を傾げる。
「ええぇ、でもぉ、医学のぉ常識だよぉ」
「違う!」橙夜も叫んでいた。
「僕等の世界ではここより医学が発達しているから、断言出来ます! 瀉血と水銀は体に毒です」
澄香も大きく頷く。
「私はそれについて少し前に調べたんですけど、結局それらの治療で治った人はいないの。治ったと主張する人は結局自分の力で病気が完治しただけ」
澄香は目に強い光を宿した。
「今すぐ辞めさせないと」
「でもぉ、医学はぁ」アイオーンはまだ何か主張したいようだが、橙夜は構わなかった。
「街はどこですか?」
「ボクが知っているポロ。ここからなら多分セルナルの街ポロ」
「わんっ」とタロが鳴いて同行を申し出るが、さすがに街にシャドードッグはやばいだろうと判断し、「タロ、アイオーンさんとここで待っていてくれ」と命じた。
「えぇ、私もお留守番?」
アイオーンは不本意そうだが、少しでもこの世界の医療を認めている者を連れて行きたくなかった。
橙夜はポロットと澄香と外に飛び出した。
セルナルの街はそれ程離れてはいなかった。
森の中を三〇分以上歩かなければならなかったが。
「あそこだポロ!」
息を切らす橙夜が見たのは、石造りの高い市壁だった。澄香の手が無意識にだろう、彼の袖を掴む。
仕方ない、まさかあの小屋からそう離れていない場所にこんな大きな街があるとは考えていなかった。
何せ壁の中へ川も通っているようだし、中の喧噪は外にまで聞こえる。どうしてジュリエッタはここに住まないのか。妹はこの街にいるらしいのに。
「行くポロ」ポロットはいつの間にか羽織っていた上着のフードを被る。そうすると人間の子供にしか見えない。
古代魔法帝国の崩壊以後、人間と他の種族の中は壊滅的に悪くなった。街にハーフリングなんかが入ったら、下手したら殺されるそうだ。
「これをポロ」とポロットは橙夜に銅貨を渡す。
「街に入るには税金が必要ポロ、今回は立て替えるポロ」
頷いて、素知らぬ顔を作り内心の緊張を覆い隠して街の門へと向かった。
門兵は槍と簡易な革鎧を着た二人の男だったが、銅貨を渡すと容易く退いてくれた。
ハーフリングが混ざっているとは微塵も考えていないようだ。
セルナルの街へ入り、橙夜は絶句した。
想像より遙かに発展していたからだ。
足元は石畳みで舗装されており、居並ぶ建物も皆煉瓦で建てられている。家の窓にはガラスの窓、ジュリエッタの小屋とは大違いだ。
「ふふん」と彼の様子にポロットはふんぞり返る。
「このセルナルの街はここら一帯で一番大きな街ポロ。建造するには人間だけではなくドワーフも力を貸したそうポロ……まあ」
ポロットは分かりやすくしょんぼりした。
「今はドワーフも人間に力は貸さないポロ、みんなばらばらだポロ」
はぁー、と感心した橙夜は街の色んな音を聞いた。商人の売り込みの声、街の人々の会話、道に放し飼いにされている犬やら豚やらの鳴き声、遠く間からは鐘の音。
森の静けさの中にいた彼にとってとても新鮮だ。
「それより、ジュリエッタを」澄香が促さなければ、彼は呆然と数時間立ちつくしていただろう。
「そうだ……て」今更彼は問題を発見した。ジュリエッタの妹がいる場所が分からない。
橙夜は自分の間抜けさに呆れた。慌てていて肝心な情報を聞き忘れた。アイオーンは連れて来るべきだったのだ。
「大丈夫ポロ」
忸怩たる思いの橙夜の横で、ポロットは胸を叩く。
「人間はうっかり屋だポロ。だからボクはアイオーンから使い魔を借りてきたポロ」
「使い魔?」澄香が目を瞬かせた。
「魔法使いが使役する動物ポロ」とポロットは斜め掛けしている鞄から何かを取り出す。
「きゃっ」と澄香が少し仰け反る。
彼の手にはネズミが乗っていた。
「聞こえるかポロ。街に着いたポロよ」
『わかったぁ』とネズミがアイオーンの声で喋る。
『ついて来てぇ』ポロットがネズミをそっと地面に置くと、走り出す。
無言で橙夜達はネズミを追う。
街は入り組んでいた。あるいは敵の襲来を考慮に入れているのかも知れない。
橙夜達は建物の横を通り、大きな広場を抜け、幾つもの坂を上ったり下りたりして一つの建物の前で止まった。
アイオーンのネズミが停止し、こちらを振り返って待っていたからだ。
『ここぉ』と使い魔が指定した建物は、他と比べると比較的小さかった。
だがやはり煉瓦造りで、屋根は赤瓦で覆っている。
橙夜は坂の途中にある家故の石階段の前で躊躇してしまったが、ポロットは構わなかった。
軽い足取りで階段を上り、木の扉を叩く。
「何ですか?」時を置かず扉は開かれ、穏和そうな顔の中年のおばさんが顔を出す。
「じゅ、ジュリエッタに会いたいんだけど」
橙夜はポロットの後ろで勇気を振り絞った。
おばさんは眉をしかめる。
「誰です? あなた達、ジュリエッタ様に突然。無礼ですよ」
きつい口調に怯んでしまう橙夜だが、おばさんの背後で、ジュリエッタが声を上げる。
「ああマイヤ、そいつ等はいいのよ。礼儀なんて教えても実践できないでしょうから。いいから入って貰って」
「ジュリエッタ様がそうおっしゃるなら」
マイヤと呼ばれたおばさんが引っ込んで、ポロットを先頭に屋敷の中に入る。
中はそれほど小屋と変わらなかった。木のテーブルに椅子。燭台に暖炉。
「どうしたの? あたしこれから忙しいんだけど」
ジュリエッタは椅子に大儀そうに座る一一、二歳の赤茶の髪色の女の子の汗を拭っていた。
「その子がマーゴットポロ?」
「え? そうだけど」
ジュリエッタの眉がやや逆立つ。不穏な空気を察したようだ。
「ジュリエッタ」橙夜はなるべく落ち着いた声を出す。
「これから治療に行くのか?」
「ええ、そうよトウヤ。今日は久しぶりにこの街にバロード様が帰ってらっしゃるの。だからマーゴットを診せに行くわ……言っくけどすぐ出かけるわよ」
ジュリエッタはどうやら本当に出かける寸前だったらしく、革鎧も剣も外していて、それどころかスカートを履いていた。
どんな時もズボン姿だったので、それはそれで何だか感動だ。
……違う。
「その医療は、瀉血と水銀薬?」
「当たり前でしょ? それ以外何があるのよ?」やや彼女の言葉が尖って来た。
橙夜は大きく息を吸った。この世界の医学を常識としている者に異を唱えるのは難しいと、分かっている。恐らくジュリエッタは怒り出すだろう……とても怖い。
が、彼の決意は無駄だった。澄香が前に出たのだ。
「ジュリエッタ、静かに聞いて。その医学は間違っているの、瀉血も水銀も人体の害になるだけで意味がないわ。私達の世界は医学がもっと進んでいるから分かるんだけれど、妹さんにそんな事をさせないで」
「何を言ってんのよ! 瀉血や水銀が効かないなんて冗談じゃないわ!」
案の定爆発したジュリエッタの迫力に、橙夜も負けまいとやや前傾になる。
「そう、冗談じゃないんだジュリエッタ。この世界の医学は間違っている……そんな事を続けていたら妹さんは本当に死んでしまうよ」
ジュリエッタの刺すような視線が橙夜に向いた。
「嘘をつくんじゃないわよ! あたしはあなた達を助けたのよ! なのにどうしてこんな酷い嘘をつくの」
「助けて貰ったから、私達もあなたを助けたいの」
澄香の言葉に、ジュリエッタは何度もかぶりを振る。
「ちがう、ちがうわ! 瀉血は必要なの! 人間は血液と粘液、黄胆汁、黒胆汁の体液が流れていて、どれかが多くなりすぎると病気になるのよ! だから、瀉血とか嘔吐とか排便させて浄化させるの」
澄香の表情が変わる。
「それ、全部妹さんにやらせたの?」
「当然でしょ!」
橙夜はジュリエッタの妹・マーゴットを様子を確認した。
元々はジュリエッタと同じく整った顔の作りだが、顔色が酷く悪い。目は落ちくぼみ、その下には黒々とした隈がある。まるでもう死体みたいだ。
ジュリエッタはマーゴットの額に触ると、叫んだ。
「ほら、もう馬鹿な事言ってないで出て行って! マーゴットの熱が高いわ」
「ダメだ」橙夜は扉の前に立ちふさがった。
「彼女の、マーゴットのために退くわけにはいかない」
「何よ! あなた達は私の家の居候でしょ? マーゴットを苦しめるならもう出ていってよ!」
「ああ、君がそう言うなら出て行くよ。だけどマーゴットは助ける」
ジュリエッタは言葉を失い、まるで仇のように橙夜達を睨んだ。
その隙にポロットがマーゴットに走り寄る。
「あ、何を!」はらはらと見ていたマイヤが声を上げるが、ポロットは素早くマーゴットの熱を測り口を開けさせ、喉の奥を覗く。
「ちょっと!」遂にジュリエッタが切れた。彼女は立て掛けてあるレイピアを掴むと、鞘走らせる。
「勝手なことをすると……あなた達でも容赦しないわよ」
「これは、ただの風邪ポロ。栄養のあるものを食べさせて温かくして水分を取らせるポロ」「嘘よ! ただの風邪でマーゴットがこんなに弱る訳無いわ、これはナイトヒート、バロード様がそう診断なされた」
「そんな病気はないよ」橙夜は静かに指摘した。
「マーゴットが弱っているのは血を抜いて水銀を飲ませたからだ」
ぐぐぐ、とジュリエッタの奥歯が鳴り、次の瞬間彼女は弾けた。
足利橙夜はジュリエッタの拳を頬に受けて、床に倒れた。
さすがに冒険で怪物を倒して来た女の子だ。一撃は重く、現代日本のそこらの不良よりも遙かに威力がある。
橙夜の口内に錆の味が広がる。
「異世界から来たって何よ! 何もかも知っているような風に言わないで! 黙って寝てなさい!」
だが彼は立ち上がった。
「ああ、僕はまだ高一だったからそんなに知らない。瀉血と水銀が体に悪いとしか……」
ジュリエッタの膝が橙夜の腹に入る。
「う」と彼は体を折るが、何とか堪える。
「橙夜君」澄香が心配顔で声をかけてくるが、彼は首を振った。
「蒲生さん……絶対手を出さないで」
「退きなさいトウヤ、そして私の前から消えて!」
「何を言われようとマーゴットを殺させない」
再び顔面にパンチが炸裂化する。鼻から血を噴きながら彼は耐えた。
ジュリエッタはその後散々橙夜を殴り、蹴った。しかし彼は倒れるたびに立ち上がり、血を吐き、食べ物を吐き、それでも彼女の前に立ちふさがる。
「な、何をされようとも、ひ、人が殺されるのを黙って見てられない」
「こ、殺される?」
殺気に満ちていたジュリエッタの動きが止まる。使わずにはいたが持っていた抜き身のレイピアが落ちる。
「異世界でも人間は人間、医療が変わるはずがない」
橙夜は息を吸い、穏やかに指摘する。
「ジュリエッタ、君は妹を殺そうとしている……そんなに拘るなら、瀉血や水銀薬で治った人を教えてくれ。何人いる? 何十人いる?」
ジュリエッタは答えられなかった。恐らくかなり少ないのだろう。そもそも治った人達は自然治癒だ。
「ボクの薬草なら、熱は下げられるポロ」
暴力に戦いていたポロットが、そっと口を開く。
「薬草なんて!」ジュリエッタは吐き捨てた。
「それこそインチキばかりじゃない!」
「違うポロ!」珍しくポロットが激しく反論する。
「薬草はインチキじゃないポロ! ボクのお師匠は人間ポロ。そしてその人は人間の遺体を解剖して結論づけたポロ。薬草は有用だと」
「な、何て罰当たりなことを!」マイヤがぎょっとする。
「ジュリエッタ様、こんな奴ら衛兵に引き渡しましょう。土に帰るべき死んだ人を切り刻む何て正気ではありませんわ」
「薬草は有効だ。僕の世界にも漢方と呼ばれる物がある」
血まみれの顔で橙夜は断言した。
きっ、とジュリエッタの目が彼を捉える。が、瞳には先程までの狂乱はなかった。
「……で、その薬草とやらでマーゴットは助かるの?」
「助けてみせるポロ。症状は重くないポロ、一日欲しいポロ」
「……もし、出来なかったら? どう責任取るの? バロード様は明日には違う町や村に行くのよ」
「その時は……」橙夜は真っ直ぐジュリエッタの瞳を見つめる。
「僕を殺せ」
背後で澄香が息を飲むが聞こえた。
「ボクも殺すポロ。ボクは自分の薬草を信じるポロ」
ジュリエッタは無言で落ちているレイピアを拾うと、切っ先を橙夜の首に向けた。
「その言葉、忘れないでね……マーゴットに何かあったら、本当に殺すわ」
「ああ」
しゃきん、と彼女はレイピアを鞘に戻す。
「ジュリエッタ様!」驚いたのはマイヤだ。彼女にしてみれば、訳の分からない連中に騙されたようにしか見えなかったのだろう。
「いけません! 早くバロード様の所へマーゴット様を」
ジュリエッタは唇を噛む。
「ごめんね、マイヤ……でもあたしも信じたくなっちゃった。だって騙すためにここまでする?」
彼女はぼろぼろになりながら立っている橙夜を指す。
「でも、嘘だったら、マーゴットに何かあったら……その時は」
ジュリエッタの眼差しに冷たい決意があった。
「……で、あたしはどうしたらいいの?」
ポロットは忙しく行動を開始する。
「まず、その子をベッドに横にするポロ、なるべく温かくして、栄養のある食事……消化しやすいように柔らかくしてあげるポロ」
彼は鞄の中をごそごそかき混ぜて、瓶を取り出す。
「これはツユクサを煎じた解熱剤ポロ、これを飲ませるポロ。次にコウホネも飲ませるポロ」
ジュリエッタ不満顔だが、ポロットの指示に従う。
突如エアポケットの中にでも入ったかのように蚊帳の外に置かれた橙夜は、はあっと血の臭いのする息を吐いた。
「橙夜君」と澄香が手を出す。
「治癒しようか」
橙夜は笑顔で固持した。ここで傷を奇跡で治してしまうのは狡いと考えたからだ。
長い一日が始まった。
マーゴットの熱は何度か上がり、その度にポロットは水を飲ませ額に絞った布を乗せ、解熱剤と強壮剤を決まった回数彼女に投薬した。
橙夜は静かにだが断固として立ち続ける。使命のように。
澄香は数回彼に話しかけようとしたようだが、断念して傍らで何か……恐らく彼女が出会った地母神に祈りだした。
立ちっぱなしの橙夜の足の感覚が消え、冷えだした頃、どこからか声が上がった。
橙夜は思わず身構える。
少なくとも瀉血やらは間違っていると分かっているが、ポロットの薬草とマーゴットの容態は分からない。
最悪の事態もあり得るのだ。
ジュリエッタがマーゴットのベッドがある部屋から出てきた。
疲れ切った顔を涙でくしゃくしゃにしている。
橙夜が何かを言う前に、彼女は彼に抱きついた。
「マーゴットが、マーゴットの熱が下がったわ……」
安堵で橙夜はようやくその場に座り込んだ。
酷使していた足が悲鳴を上げている。
「……今まで見たこと無い、あの子があんなに穏やかな顔をしているの」
ジュリエッタは橙夜にしがみついたままむせび泣き始める。
「僕がやったんじゃないよ、ポロットとマーゴットが頑張ったのさ」
橙夜は優しくジュリエッタを抱きしめる。
「違うわ……あんたが無理に私を止めてくれたからよ……本当はね、私ダメだと思っていた、だってナイトヒートにかかった人はみんな死んでたもの……でも違ったんだね、医療法が間違っていたんだね」
彼女はまだ涙に濡れる顔を上げ、どうしてか複雑な表情の澄香に掠れる声をかけた。
「お願いスミカ、トウヤを治してあげて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます