第5話
その後の処理は迅速だった。
ゴブリンの巣穴を調査し、生き残りを倒す……ジュリエッタによれば、ゴブリンは一匹でも残せばすぐ増えて近場の人々を困らせるから根絶やしは常識らしかった。
アイオーンのライトの魔法でショートソードをぼんやりとした光源にして貰った橙夜は皆と洞窟を進んだ。
「そんなにはいないわね」先程の失態を取り返したいのが見え見えのジュリエッタががっかりするほど、巣穴の敵は少なかった。
しかも夜行性なのは本当らしく、皆寝ていた。
戦闘らしき行為は行われず、ゴブリンの睡眠は死へと変化した。
「さぁて」とゴブリンの姿が消えた洞窟で、ジュリエッタが張り切る。
「戦利品を探そう」
正直、橙夜にはどうでもよかった。まずタロの滋養になる鶏肉が必要だ。ゴブリンの宝に興味はない。
「冒険者はねぇ、そうしてぇ生計を立てるのよぉ」
アイオーンがジュリエッタの弁護に入るから、仕方なく橙夜もちらばっているゴブリンの持ち物を調べた。
何かの骨、鳥の羽根、ボロ切れ、折れた矢とろくな物がない。
どこかでジュリエッタの歓喜の声が聞こえたから、彼女はいい物を見つけたのだろう。
……冒険者って、生業になるのか?
橙夜は懐疑的になる。確かに彼の知っている小説やらゲームでは冒険者は主役級の職業だが、目の前にあるゴブリンの集めたゴミを見ていると、とても儲かるとは思えない。
「うう……」とうめき声を聞いたのはその時だ。
橙夜ははっと魔法で光る剣をあげた。
洞窟の隅に人影があった。ゴブリンではない、小さな子供のようだ。
「蒲生さん! みんな、怪我人だ!」
彼の叫びに仲間達はすぐに駆けつけてくれた。
澄香が素早く倒れている小柄な人に近寄り、治癒する。
「ううう」とその人物の声が幾ばくか強くなった。
「ハーフリングね」とエルフの目でアイオーンが怪我人の種族を断定する。
澄香が真剣な顔を上げる。
「怪我は治しました、でも……かなり消耗しています」
橙夜は近づいてハーフリングをよく見た。
男性で子供のような体長で、丸々とした顔とエルフ程ではないが尖った長い耳、短い手足のマスコットキャラのような姿だ。
「あああ、ううう」ハーフリングは余程痛めつけられたらしく、苦痛に呻いている。
「大丈夫ですか?」橙夜が呼びかけると、彼は薄目を開ける。
「……ゴブリンは?」
「あたし達が倒したわ! 安心して」ジュリエッタが寂寥感さえ漂う薄い胸を張る。
「そうですか……ありがとうポロ」
橙夜はハーフリングの男性に、木の水筒から水を飲ませる。
「……ボクはポロットだポロ、薬師ポロ」
「くすしー」ジュリエッタは不満そうな声を出し、しーとアイオーンに制されている。
「薬草の材料を探していたんだけど、ゴブリンに捕まっちゃったポロ」
まだ子供なのに酷い目にあった物だ。
同情的な目で見ていると、アイオーンが囁く。
「いっておくけどぉ、ハーフリングはぁこれで大人よぉ、多分三〇歳くらいぃ」
「えー!」容易く橙夜の度肝は抜かれる。
どう見てもハーフリングのポロットは中二くらいの子供なのだ。がそうと知って見ると、ポロットの丸い顔には大人の皺がある。
ポロットは立ち上がろうとしたが、ふらりと揺れ澄香に支えられる。
「行かないと」彼はおぼろげな口調で呟く。
「妹が、リノットが待っているんだポロ」
橙夜はふらふらのポロットに肩を貸すと、ジュリエッタに顔を向けた。
「ジュリエッタ、この人を妹さんの所に連れて行きたいんだけど」
「はあ」と彼女は力無く肩をすくめる。
「トウヤはそう言うと思った……でもいいわよ、近場でしょ?」
「うん」とポロットは微かに笑みを浮かべる。
うふふ、とアイオーンが小声でジュリエッタのらしくない素直さの正体を教えてくれる。 どうやらゴブリンはどこからか金貨を何枚かくすねていたようで、それをジュリエッタが見つけたらしい。
「この冬越せるくらいの収入よぉ」
成る程と橙夜は納得したが、でもそれが無くても何だかんだでジュリエッタなら協力してくれるだろうとも思った。
疲労したポロットを背負った橙夜は森を進んだ。
ポロットはゴブリンに捕まってから飲まず食わずで四日くらいほおって置かれたようで、消耗はかなり激しい。
だがハーフリングの性か、掠れた声で流れる様に言葉を紡ぐ。
「……だから、ボク達兄妹はみんなの知らない薬草の力を調べていたんだポロ」
「へえ、薬草」対してジュリエッタは冷淡だ。
彼女は薬草の類は信じていないようだ。現代日本にも漢方があるから橙夜は一概に否定しないが、ジュリエッタは頭からインチキだと決めつけている。
「昔ね、あたしが熱を出した時、修道院の奴らが薬だと薬草を買わせて来たんだけど……全く効かないで、それからしばらく苦しんだわ」
「それは人間に知識が広がっていなかったからポロ」
弱々しいがはっきりとポロットは否定する。
「人間の薬草学は滅茶苦茶ポロ。そもそも医学の考え方が滅茶苦茶なんだポロ、薬草は確かな物を選べばきくんだポロ」
「言ってくれるわね」ジュリエッタは少し気分を害したようだ。
「ともかく、ボクの体力も薬草で回復できるポロよ」
ここで橙夜はあっと声を出した。
「なら、犬の……シャドードッグが弱っているんだけど、何とか出来る?」
ポロットは橙夜の背中で大きく首肯する。
「勿論ポロ、おやすい御用さ」
ポロットが指定した場所は確かにそれ程遠くではなかった。
森の開けた場所に色とりどりの花畑があり、その奥に小さな丸太小屋が建っていた。
ここで足利橙夜はようやくジュリエッタの家が大きいのだと理解した。
ポロットの家は丸太で組み、窓はガラスなど無く木の板を木のつっかえ棒で開け、屋根に暖炉と繋がっているのだろう煉瓦の煙突がある。そこまではほぼジュリエッタのとほぼ変わらない。
大きさだ。
ジュリエッタの家は隣に家畜小屋を併設していて、二階建てで、ポロット達の小屋の三倍以上はあり、作りもかなり立派だ。
……ジュリエッタって何者なんだ?
橙夜はそんな疑問に今更たどり着いたが、背中のポロットが大声を出したから忘れた。
「リノットー! 帰ったポロよー!」
ばたんと扉が開き、可愛らしいお下げの女の子が顔を出す。
どうやらリノットらしい。
女の子はそばかすの浮いた顔をぐしゃぐしゃに歪めて駆け出す。
「ポロット! 兄さん! どこに行ってたリノ? 心配したリノよ」
橙夜は背中からポロットを降ろしてやる。
二人は花畑で抱き合った。
「大変だったポロ。ゴブリンに捕まっていたポロ。親切な人に助けられたポロ」
「まあ、大変だったリノね、その親切な人達にお礼をしようリノ」
二人のまん丸の目が、橙夜達に向いた。
「いやー、いいわよ。私達もまあまあ儲かったし」
ジュリエッタは遠慮したが、橙夜はそう言うわけにはいかなかった。
「じゃあ、シャドードッグを助けてくれ、かなり衰弱しているんだ」
「任せるポロ」
紆余曲折あったが、何とか当初の目的は達成されそうだ。
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