198 三十歳の誕生日①手続き完了
その日、テンダーとヒドゥンの二人は朝もはよから役所へと出かけていき、さっさと手続きを済ませた。
それこそ朝の散歩に行きますよ、とばかりの格好で。
実際のところ、役所で籍を変える手続きをするのは飾り立てた人々だけではない。
大半は普段着なのだ。
この日はテンダーの三十歳の誕生日だった。
無論以前から結婚式はしない、祝われたくない、と口にもしたし全身で常に訴えてるテンダーに対し、お祭り好きの友人達も理解はしてくれた――
――が、油断はできない、とテンダーは思っていた。
彼女達は既に「123」で「お誕生会」の準備を前日から始めていた。
皆――遠方の友達も――帝都にそれぞれの宿を取って揃っているのだ。
だとしたら、何が起きてもおかしくはない。
そこで当人達は朝からささっと役所で手続きをさくっと済ませたのちにゆったりと朝食を摂りに向かったのだった。
お誕生会は「123」の階上の個室だったので、階下のフロアでお茶と軽食を注文し、証明書や戸籍の写しをテーブルの上に広げる。
「いやー、あっけないものだなあ」
「そんなものですよ」
あははは、とテンダーとヒドゥンは笑い合う。
なおこの時、吹き抜けの手すり辺りからは、ヘリテージュとエンジュが苦笑しながらその様子を見下ろしていた。
「信用されていなかったわねえ」
「まあ仕方ないけどね。ところで貴女の結婚式の方は?」
「ああ、そっちはうちの両親が適当に」
「まあ、そんなものよね」
エンジュもこの時点で結婚が本決まりになっていた。
彼女の場合は父親に申し入れしていた通りの「生理的に嫌悪感が無い程度の相手」との政略結婚だった。
「私は相変わらず出版の仕事続けるしね。あと前からその出版がらみの商売もあるし、不動産関係もお父様がちょっとずつ任せてくれているし」
「そうすると編集長の仕事は両立させづらいんじゃないの?」
「うん。だから私は編集長からはだんだん退いていって、後続に任せようかな、と。社長業の方に集中していこうと思うの」
「それはそれで大変そうだけど」
するとエンジュはにやりと笑い。
「そういうところの連携ができる相手を上手く見つけ出してくれたからね」
さすが! とヘリテージュは目を大きく広げた。
「貴女こそ三人目ができた訳だし大丈夫?」
「テンダー嬢の服のおかげでゆったりと過ごせましてよー」
そう言うヘリテージュの腹は確かにやや大きくなっていた。
だが発表会から多少なりとも時間が経った今、緩やかな服、時にはウエストラインそのものを無くした服というものを、周囲の工房でも模索しだしていたのだ。
それはとうとう貴族の中でも広がりだし、ヘリテージュは最近ではそんなものばかりを夜会でも着ているということだった。
「一番影響力があるのは皇女様方だけど、皆何かしらお役目だのお仕事をお持ちだから、動きやすいものに惹かれていった様で」
帝国における皇子皇女の数は多い。
彼等は次代の帝位に興味が無ければ自身の道をひた走る。
宮中女官になる者も居れば、母親の実家側で活躍する者もあるし、野に降りる者もある。
帝国の次期皇帝選びはやや独特な実力主義なので、そこから外れた者には政治的干渉はまず入らない。
そのように制度ができているのだ。
とは言え名前は残るので、社交界等ではやはり人気者のことも多いのだ。
「こうしてどんどん風潮として広がっていけば、テンダー嬢としての…… って、待って、『嬢』じゃなくなるんじゃない」
「そう言えばそうだ! テンダーどうするつもりかしら」
*
「え、工房の名称? ああ決めてあるわよ」
食事を終えたところに降りてきた二人に問われたテンダーはあっさりと答えた。
「テンダー・ウリー工房。それで充分でしょ? ねえ確か今日のお誕生会の件、貴女記事にするんじゃなくって? だったら私の名前が変わったこともきっと貴女方宣伝してくれるでしょ?」
そう来たか、と二人は苦笑し――
ヒドゥンは我関せず、とばかりにお茶を呑んでいた。
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