188 打ち上げ会場②元婚約者・現義弟の件
この時の会場は新年同様「123」の上階――ただし少し広めの部屋だった。
新年のパーティよりも関係出席者の数がずいぶんと多かった。
店の関係、モデル二十五人、協力してもらった劇団のスタッフ、美粧師達、製作に当たって協力してもらった叔母の店の関係、いつもの友人達とその連れ合い達、彼女達が是非にと連れてきた人々等々……
そして、こんな人物も居た。
「お久しぶりです」
そう言ってそっと頭を下げたのは既に顔も忘れかけていたかつての婚約者だった。
現時点では実家はこの男が継いでいることになっている。
子供を二人連れてやってきた彼に、テンダーは一瞬誰か分からなかった。
苦笑する男は自分が義理の弟であることを告げた。
「まあ! すみません、何のお構いもできずに。ああテスとシフォンもずいぶんんと大きくなって!」
「このたびはおめでとうございます、伯母様」
テスはしっかりとした口調でそう言った。
そもそもリューミンがやってきている時点で、彼等が来ることも想像できたはずだったが。
さすがにこのばたばたした中でテンダーも頭が回っていなかった。
テスとシフォンはナリーシャを母代として元気であることはリューミンからの定期的な手紙で知っていた。
季節に一度くらいだが、父親が会いに出向く様になっていたことも。
「この子達のことに対して礼の一つもせず、申し訳ありませんでした」
「いいえ、こちらも貴方にあの領地を押しつけた様なもので」
つい本音が出てしまったが、元婚約者はそれを冗談と取った様で軽く笑った。
「アンジーには最近会っていますか?」
「病院の方からは一進一退、といった感じだと。……一度壊れてしまったものというのはなかなか難しいものですね」
妹に関してはやはり病院からの定期的な報告上がってくる。
アンジーからの手紙というものも時々ついてくるが、確かに調子が良かったり悪かったりの浮き沈みが激しい様だった。
「それでも見捨てないでくれていて嬉しいですわ」
テンダーは義弟にそう釘を刺した。
見捨てないでいて嬉しいは裏返せば「この先も妹を見捨てるな」だった。
「それはもう」
「別に男のお遊びくらいは玄人さんとならしても宜しいと思いますが」
「残念ながらもうその気力がありませんよ」
義弟はそう枯れた笑みを浮かべた。
実際、彼の実年齢を考えればずいぶんと老け込んでいる様にテンダーには思えた。
まだ三十少しのはずだが、既に髪のああちこちに白いものが混じっている。
領地を一人で切り盛りすること、遠くで育てられている子供達のこと、離れて静養している義両親のこと、そして何と言っても妻のこと。
彼は彼なりに自分の責任は認識している様だった。
そして外でまともに育っている子供の姿を見る都度、自分が親として欠けているものが多かったことを痛感していたという。
「こんなにこの子達が元気に逞しく育つなんて、夢にも思わなかった」
それはそうだろう、とテンダーは思う。
「北西の人々は子供達を逞しく育ててくれますから」
「信頼なさっているのですね」
「私もあそこではずいぶんとお世話になりましたし、何と言っても信頼できる友人と、あの辺境伯の地ですから」
そう言って会場に居るリューミンの姿をちらと見る。
年々逞しさが増している彼女の顔には、常に暖かで包み込む様な笑みが浮かんでいる。
沢山の仲間と、「お母様達」と共に育った彼女にとってはそこに居る子供達は全て愛すべきものなのだ。
「このまま、時が来たら上の学校に行かせますか? テスはそちらの跡取りでしょうけど」
「いえ、本人は職人になりたいとか。……なあ?」
「あ、はい。お父様、職人じゃありませんよ。伯母様、僕は機械技師になりたいんです。だから工学関係の学校には進学したいです」
「機械技師?」
「鉄道関係です」
「……ああ、もしかして、帝都と直通の線路が引かれるって話……」
そうなんです! と少年は大きく笑みを浮かべて頷いた。
「その関係に就きたいんです。……できれば、なんですが……」
「いいんじゃないですか? 跡取りは何とでもなるのでは。うちはもう既に血でどうのという感じではないでしょう? 今の当主は貴方ですし。有能な養子を迎えても良いのでは? シフォンが婿を取って、というのもありでしょうけど、無理強いはいけませんよ、クライドさん」
テンダーは釘をもう一本刺しておくことは忘れなかった。
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