187 打ち上げ会場①テンダーの真意

「そんな隠し球を持っていたなんて」


というのが全て終わった後の打ち上げ会場でのヘリテージュの第一声だった。


「え、何?」


 テンダーはそう言ってへらりと笑ったが、まあそう言われるだろうな、とは思っていた。


 ヒドゥンが代役をしたのは結局この最初の日のお茶の時間の部だけだった。

 彼の様子を見たミナが、闘志を燃やし、夜の部には絶対出る、とファン医師に足首の固定と痛み止めを頼んだのだった。


「無理するなよ」


 そうヒドゥンは言ったが。


「あれを見せられたら私も休んでいられません! 私も役者です。傷めた足であってもおかしくない動きをします! 夜の部は特に跳ね回ることもありません! それに花嫁衣装はやはり私、着たいです!」


 勢い良く詰め寄るミナに、男二人は「まあいいか」という顔で返答した。

 無論これはこの発表会が通常の演劇の舞台の様に一週間などの期間行われるものではなかったからこそ可能なことだった。

 ミナは痛み止めを打って足首を固定して夜の部を「何とか」した。

 学生の履く様なしっかりした靴でゆっくり歩く姿はすっきりした服に良く合っていた。

 観客から「ああ、テンダー嬢のあの服よりは自分達にも着やすそう」というつぶやきが上がっていた。

 それを聞いてテンダーは、あの時あの服を着て良かった、と感じた。


 彼女が花嫁衣装をつけたヒドゥンの横にやわらかな、それでも男性の上下に似た服を着て現れたのには二つ理由があった。

 一つは夜の部における細身のスカートに対する前振りだった。

 今回試作として自分用に作った女性用の柔らかなズボンは、テンダーにとってはい履き心地の良いものだった。

 実のところ、作業場ではよく身に付けていた。

 色んな道具があれこれ並ぶ中で、ひらひらとしたスカートで何かを巻き込むことが無い、それでいて男性のズボンほどぴったりもしていないので足の動きが楽。

 セレがかつて卒業後の謝恩会で着た様なものを新素材で作ってみたのだが、これがことの他良い感じだったのだ。

 だが、それはあくまで広くない作業場で働く自分達にとってであり、そうでない帝都の女性にしてみればズボンはやはり男性のものだった。

 これが馬が生活に必要な地方の女性だったら小さな頃からズボン的なものは当然のものだろう。

 だが交通網が鉄道と馬車で何とかなる帝都ないしは都市町村では想像もできないものだった。

 帝都周辺の工場で働く女性にしても、自身で作ることができる程度の広がりが少ないスカートで立ち仕事をこなしている。

 ただ最近、機械が増えれば増える程、巻き込み事故もあるから考え処だ、とセレから聞いてもいた。

 だったら、という気持ちもあった。

 ただそれでも、一足飛びにはいかないだろう。

 細身の、それでも足がそれなりに自由になるスカートはその前段階として用意していた。

 テンダーはその夜の部を受け容れやすくするために、もっと先に考えているものを見せつけたのだった。

 テンダー嬢のあれは格好いいかも、でも自分は……

 そう考えたところに夜の部の柔らかですらりとしたスカートが目に飛び込む。

 これなら、という気持ちが芽生えればいい。

 基本はその計算だった。

 二つ目、その格好で花嫁の手を取ったのだけはヒドゥンに対する感謝だった。

 自分の格好――短い髪に素材以外は男性のそれに似せた格好が華やかな花嫁衣装と並べば花婿に見えて対になる。

 せっかく出てくれた彼が見せつけてくれた衣装に更に花を添えるならそれが良し。

 ただそれでも手を取るのは計算外だったのだ。

 自分から手を取るなどというのはテンダーにとっては相当な精神的努力が必要なことだった。

 これが普段の彼だったら無理だったかもしれない。彼であったとしても、だ。

 だがこの時の彼は花嫁衣装だった。

 差し出した手に対する仕草が女性の動きだったことがテンダーの気持ちも楽にした。

 それがあの結果だったのだ。

 ――という一応色々な流れがテンダーの中には一応あったのだが、ヘリテージュやエンジュはどう考えたのやら。

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