189 打ち上げ会場③制服の意匠を依頼される

「あらこんなところに居たの!」


 テンダー達の会話がひとしきりしたところで、ヘリテージュが一人の男を連れてやってきた。

 誰だろう、とテンダーは軽く挨拶をすると。


「この方は教育省の中等教育科長のフリギニン氏。『テンダー嬢』に依頼があるんですって」


 教育省? とテンダーは更に首を傾げることとなった。


「ほらうちの夫も役人でしょう? まあその流れで」


 彼女は大雑把に言ったが、技術士官から国軍技術局に行ったリッテカド伯爵が果たして役人と言えるのかどうか。

 その辺りのテンダーの疑念に気付いたのかどうか、フリギニン氏はとりあえず座って話を、と持ちかけた。

 とはいえ打ち上げパーティの場。主役がそうそう長話はできない。


「詳しくは後ほど、でも宜しいですか?」

「ええ。ともかく話をつけておきたいと思いましたので」

「話次第では?」

「これはこれは」


 フリギニン氏はぽんぽんと手を打った。


「なるほど新しい形を作って広げようという人ですな、リッテカド夫人」

「そうでしょう?」


 ヘリテージュは頷く。

 彼女はあえて教育省のお偉方、と言ってみたのだ。

 その上でのテンダーの反応をこの役人に見せたかったのだ。


「では立ち話でかいつまみ。実は今官立の中等教育機関としては男子の中等学校と女学校がありますな」

「ええ、私達も通いました」

「これからは地方教育の充実も必要と教育省も政府も見解が一致し、官立の教員養成学校を中等教育機関として高等尋常、男女別の四校を現在計画及び設立中です。そこでテンダー嬢に女子制服を考えていただきたい」

「制服…… ですか」

「特に尋常、つまりは初等教育を施す教員には、体育指導をも求められる。動くことが容易な、活動的でいて落ち着いた格好というものが求められます。どうでしょう?」

「意匠だけで宜しいのですか?」

「生産はこちらで手配するということで。詳しいことは後ほど」


 では、と教育省の役人は去っていった。


「ヘリテージュ?」

「なあに?」


 テンダーは友の肩をがっしと掴んだ。


「何でそう話が行く訳?」

「だから役人って言ったでしょう?」

「貴女の旦那様の何処が役人なの? 軍人でしょうに!」

「以前軍服の利便性とか縫製の話したことがあったじゃない」

「ああ…… ミシンを入れたあたりだったかしら」

「うちの夫がその辺りで興味を持って技官仲間に話したのよね。技官ってこれまた色んな人が集まってくるじゃない。軍人っていうより科学者とか。で、話が流れ流れた結果」

「そこまで行った、と……」

「実際あのフリギニン氏が来た時に私もどう話が流れてきたのか聞いたけど、伝聞にも伝聞に程があるって感じで。だったらいっそ発表会を見にいらっしゃい、と誘った訳」

「で、今日に至る、と」


 そう、とヘリテージュはにっこりと笑った。


「悪い話じゃあないでしょ?」

「むしろ私達の母校の制服を手直ししたいところだけど」


 確かに、とヘリテージュも頷いた。


「あれは着やすいことは着やすいけど、極端な体型の子にはちょっと辛いものがあるんじゃないかな、と思い始めて」

「極端な体型?」

「うちに注文に来るひとの中には、格別腰だけ大きいとか、色々あって腕が太いとか、胸がぺらぺらとか、まあ色々なひとが居るのよ。そういうひと達はともかく吊るしでは困ってしまって、何とか自分で直そうとするのね」

「自分で?」

「そう。だけど縮めるならともかく広げるってのは共布が無いとできないでしょ? まあそこで頭が回るひとだと、全体解いて上手くつけるという方法もあるけど…… 上下分けると、その辺りも楽になるのよね」

「吊るしにもしやすい?」

「いずれはね。そもそも今回出したものも、あの南東の布が市中に広がれば自分で簡単に作ることができるものだもの。布が広まればキリューテリャの方の取引も広がるわよね。でしょう?」


 そうよね、と話を聞きつけてやってきたキリューテリャも頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る