178 ポーレとの最後の冬⑤ポーレはここぞとばかりに
「ポーレそれは」
「いえ、ちょうど今はパーティで私も少しアルコールが入って口が滑っているし、そう言う機会はそうそうこれから無いから身分の違う皆様に言える機会はこういう時じゃないかと思うのですね」
ヘリテージュもセレもエンジュも、この友人の乳姉妹がこうも雄弁になるのを聞くのは初めてだった。
無論数年前、まだ帝都に出てきたばかりのポーレだったら彼女達の前で、こういう場であったとしても言えなかっただろう。
まず臆してずけずけと喋るなどということはできない。
あくまでこの時間の中、ヘリテージュのサロン、セレの関係の技術者、エンジュの関係の文化人といった様々な身分や階層の人々と接して行く中でようやく身に付けた自身の姿勢だった。
「私は結婚式には花嫁衣装を着て皆に祝福されて、そのまま楽しくやっていきたいと思ってます。でもそれは、うちの両親が、短い間でしたが、何だかんだ言って楽しい明るい夫婦だったからなんですよね。だから私も結婚して子供作って楽しい家庭、と思えるんです。けどテンダー様にとってはそうじゃなかったわけですよ」
「妹のことか?」
セレは問いかける。
「ええ、アンジー様は酷い方です。が、アンジー様という化け物を作ってしまったのはご両親です。テンダー様に全く見向きもしなかった」
ふっ、と心底馬鹿にした様にポーレは鼻で笑った。
「ただただ奥様のことだけが大事で、結果としてお子様達どちらも傷ついたのに気付くまでずいぶんかかった旦那様! とうとう分からないまま向こうの世界にいってしまった奥様! アンジー様だって、まあ被害者ですよ。確かにテンダー様よりお頭は弱いですが、ちゃんと育てれば可愛い令嬢として何処にでも好かれたと思うのに!」
テンダーは乳姉妹の怒濤の告白に言葉を無くした。
「だから私はテンダー様が式をしたくない、花嫁衣装など着たくないというなら着ないでいいと思いますよ。だってそれはあの人達のやってきたことを踏襲するものですもの。ぞわぞわするんじゃないですか?」
ねえ、とポーレはテンダーの方を向いた。
「そうなの? テンダー」
ヘリテージュは肩を掴む。
「確かにあの妹はおかしかったが……」
「最近の事件のことも聞いていたけど……」
「ごめん皆」
テンダーは目を伏せた。
「うん、確かにぞわぞわする。言わなかったことで、皆に誤解をさせてしまったのはごめんね。私がヒドゥンさんと付き合って、一緒に居られるのは、このひとが私に触れようとは絶対にしてこないからなの」
ちょっと待って、とエンジュがヒドゥンの方を見る。
「え? それを貴方は知っているの?」
「無論」
彼は軽く肩を竦めた。
「あのな、テンダーさんと俺は似てるんだ。ヘリテージュさん、貴族の政略結婚は恋愛じゃないだろ?」
「それはそうだけど」
「まあそら、俺もテンダーさんも貴族の出だけど、今は庶民の様なもんだ。で、結構皆そこで誤解するんだけど、別に庶民の結婚理由が恋愛じゃなくてもいいじゃないの?」
「じゃあ何なんだと?」
「友情」
「それは無理が無いか?」
「何で?」
「結婚すれば子供ができるだろう、普通」
「セレさん貴女はまだ居ないけど、作る予定? 欲しい?」
「欲しいさ」
「じゃあ子供が絶対に欲しくない奴のことは想像できない?」
「貴方が?」
「俺達が」
そう言ってヒドゥンはテンダーの方を見る。
テンダーも頷いた。
「表向きは、俺もテンダーさんもすれ違いが多いし、仕事が命だし、それどころじゃないってのがある。けどな、もっと奥に、自分の子供なんて絶対に欲しくないってのがあるんだ」
それを聞いてポーレは目を伏せる。
気付いてはいたのだ。
テンダーは自分が子供を持ったとして、親として愛情が注げるか分からない、逆に母親が自分にした様にしてしまうかもしれないと怖れているということを。
「俺も欲しくない。俺に似た奴が生まれたら、俺くらい面倒な人生を送るんじゃないかと思うと、そんなのはもうここで切りにしてしまいたいと思う」
「でも、それはできてみないと」
「それでできた子供への責任はどうする? アンジーの子供は北西に頼んだけど、それはあの妹がおかしくなったからと言う理由がある。けど世間的に見て、俺とテンダーさんの間に子供ができたとしたら、そこに皆そうやって愛情をかけることを求めるだろ? そういう難しいことを」
「難しいって」
エンジュはやや泣きそうな顔で問いかける。
彼女も家柄上、両親と会う時間は少なかった。
だが自分が愛されていないとは思っていなかった。
だからきっと何かの拍子で結婚するこことがあるならば、それはそれで自分も子供は作るだろうし、それなりに愛情を注げると思っていた。
だが違う。
根本が今目の前で話しているヒドゥンも、同類と言っているテンダーも違う、ということなのだ。
「難しいの?」
エンジュはテンダーに問いかける。
テンダーは黙って苦笑した。
「無理なの?」
ヘリテージュも訊ねた。
「貴女みたいにいい乳母がつけば」
「無理。私を繰り返すだけ」
テンダーはそう言って首を横に振った。
「ごめんね、そこだけは分かってくれると嬉しい」
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