179 ポーレとの最後の冬⑥友人達それぞれの思い

「そもそも」


 テンダーはヒドゥンの方を見る。


「ヒドゥンさ、私に昔から『三十歳になっても相手がまだ居なかったら結婚しような』って言ったのはそのためでしょう? とても学生の考えることじゃないけど」


 三十歳。

 現在のこの世界の平均寿命は六十かそこら。

 その中で、三十歳を超えての初産というのはまず回避されるものだった。

 三十越えた女性に強制されるものではなかった。

 それだけに皆結婚を二十代後半のうちに……! と急ぐものなのだけど。

 ポーレにしてもその意味ではぎりぎりなのだ。


「そこを分かってくれていたからでしょう?」

「さて。俺はおんなのひとのそれには疎いし」


 女装役者だった人が何をおっしゃるのやら、と皆黙って微笑した。


「でも、ま、皆心配しないでも、俺、テンダーさんは大事だから」

「ずっとですか?」


 ヘリテージュは短い言葉で問いかける。


「まあ、死ぬまでは」


 こういうことをぽん、と言ってしまうあたり、役者だなあ、とテンダーは思うのだ。


「ではテンダーの三十歳の誕生日に籍を入れたお祝い、というものを私達勝手に計画させていただきますわ。それは宜しい?」

「そうだな、そのくらいはさせて欲しいんだけど」

「そうそう、ああエンジュ、貴女もよ。貴女も仕事が命だけど」


 そういうヘリテージュにエンジュは。


「あ、残念ながら私にはもう相手が決まってまして」


 ええっ、と皆声を上げる。


「いや、うちもそれなりに政略だし。仕事を好きにさせてもらう代わりに結婚は父が決めることになってたし。私は別に好きな人が居る訳でもなし、そういうつもりだったし、条件として父に式はセットしてもらうことになってるし」

「そこはさすがにエンジュだ」


 はは、とセレは肩を揺すって笑った。

 仕事命という点ではエンジュもテンダーと同じだ。

 だが最大の違いはエンジュが自分の父親を家族の情に加え、それなりに敬愛しているということがある。

 自分の結婚という一大事を任せても大丈夫だ、と安心できる程度に。

 エンジュがテンダーを心配していたのは、自分、ないしはヘリテージュの家庭の様に、頼ることができる大人が居なかった、ということだった。

 テンダーが領地をしばらく任されていた時の話も聞いている。


「親の尻ぬぐいはしたくないものね」


 そう帝都でヘリテージュと言っていたものだった。

 やはり帝都で彼女達と会う機会があったセレにしても。

 セレ自身は大人になったとして親に放り出されてはいたが、親の尻拭いまではしていないことに今更に気付かされたのだ。

 そしてまた、そう言えば、と北西に行った時のことをセレは思い返す。

 テンダーにとっての「正しい父親像」は遠いあの地の辺境伯、リューミンの父親にあったのではないか、と。

 あの地で民を守ることと家族に愛情を注ぐことを両立させている巨きな人と会い、話すにつけ、自身の父親との差をそこで余計に思い知ったのではないかと。

 だがそれはここで口にすることではない。


「近いうちに式でもあるのか?」

「さて。それはお父様に一任してあるから」

「そこまで割り切るエンジュ嬢もご立派」


 ヒドゥンはぱちぱちと手を叩いた。


「あら、だって良い記事にできるじゃなない」


 さすがに相手が可哀想ではないか、と皆苦笑するしかなかった。

 


 新年のパーティが終われば後はひたすら発表会の準備に突き進むばかりだった。

 通常の注文もお得意以外は控え、ひたすら新作を作る日々だった。

 形はシンプルだが、ともかく量が必要なのだ。

 それこそモデルの数だけ同じデザインを色柄違いで作ったり、場によっては全く同じもののサイズ違いにする必要もあった。

 加えて各所との連絡。

 単純な形だけに下着にも気を遣い。

 モデル一人一人の体型に合う様なスカートの広がり方、上着の丈、材質、袖の形、首元など調節しないとならない。

 ちなみにモデルは総勢二十五人となった。

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