133 妹、再び帝都来襲④
「……それがどうしたの?」
テンダーはつとめて冷静な声を出した。
「確かに女装の時は綺麗だったって、写真も出てたけど、結局男じゃないの! 男であれじゃ、一緒に歩いたら恥ずかしいじゃない! まだうちのひとの方がまし! でもお姉様のせいよ! 私があんな男と結婚したの! 最近じゃ仕事仕事って領地に行って戻ってこないし! 子供だけ残して! うるさいからいっそ連れてってくれたらいいと電報打ったら『母親が何言ってるんだ』って怒ってくるし! お父様はずっとうちのひとと一緒に領地だし、お母様も最近じゃ私のこと避けるし何なのいったい! だからせめて出来の悪い子供だけでも先に道を見つけようとか私が思ってやったのにどうよいったい」
テンダーもカメリアも、何処から突っ込んでいいか分からなくなった。
ともかくこの散らばった言い分から現在の実家の様子を推測してみる。
まず彼女の夫はどうやら別居状態らしい。
夫だけでない、父親までもがそちらに行きっぱなし。
そして頼みの綱のはずの母親すら、最近ではあまり顔を合わせない。
だったら子供にしっかり愛だの力だの注げばいいのではないか、と思っても――
「いや、何で将来のことを考えて俳優なのよ」
アルカラがまず突っ込んだ。
さすがに部外者は冷静だった。
「はあ? 何で分からないの?」
「いや、分からないと言っているそちらの頭の方が分からないけど。だいたいそもそもさっき、息子さんが漏らした時ひっぱたいてたじゃないの。いつもそうなの? それじゃあきっと嫌々連れてきたんでしょうねえ。可哀想に」
「はああ? 可哀想って、何言ってるの? あんたみたいな地味な女が」
「地味とか派手とかここで関係ある? と言うか、そもそもピンクにフリルとリボンの服をその巨体で着るってこと自体私の美意識からしたら信じられない。そもそもそのドレス、デザインは確か――のものだけど、そのものじゃあないか。素材落としてデザインをそれっぽくしたフォロワーの工房よね」
「何言ってるの、これは帝都最新の」
「帝都の最新はそんなごてごてしていないわよ。テンダーの影響も大きいけど、今の帝都の女性の流行りはすっきりして動きやすいもの。そちらは何? 未だに足も動きにくそうな高いかかと? そのできたばかりのハムの塊の様な身体を支えるには靴のかかとが可哀想すぎるわ。と言うか、どうやって支えてるのか不思議」
「はあ? あんたの目は節穴? 巨体って、私に言っているの?」
「誰でもいいから鏡持ってきて! 姿見!」
慌ててテンダーとレダは一番大きな姿見を作業場に取りに走った。
「……何か凄い剣幕ね」
「アルカラはほら、ドレスが似合う人に着られていないのに我慢できないから……」
そう言えばそうだった、とテンダーも思い出した。
構築美命のこの同僚は、顧客相手にも容赦が無い。
「いいですか、私は其方様に最も似合うと自信のあるものしか渡しません。ですので胸を張って夜会に行ってらっしゃいませ」
それがアルカラの口癖だ。
そんな彼女からしたら、どう見てもアンジーの現在の容姿はドレスに――それが有名どころのフォロワーの作品だとしても――対して我慢できず爆発する程の酷さなのだ。
「だいたいそういう薔薇ピンクにリボンとフリルが満載って言うのは、若くて小柄で控えめな少女が纏うのが一番映えるのよ! しかも何、その腕! 可哀想な袖の縫い目ははち切れそうだし、もしかしてコルセットを外すのが最近の流行りと『友』に出ていたのをいいことに、ウエストラインのくびれ分の縫い目を外して共布で補完して真っ直ぐにしたという訳? ライン自体はありだけど今の流れからは外れているし、そもそもそれは首が華奢な女の子が赤を差して着るから似合うものよ! せめて着ようというなら、あごを復活させてからにして頂戴!」
「何なのこの女! お姉様! この無礼な女は何なの!」
よっこいしょ、と二人して姿見を抱えてきたテンダーは下ろしながら「先輩よ」と短く答えた。
「直視しなさいよ! 似合うと思ってるの!」
「当たり前じゃないの! 私以上にこのドレスが似合う女が何処に居るっていうの!」
駄目だ、言葉が通じない。
皆げんなりとした。
そこへふわっ、とバターの焦げる良い香りが漂ってきた。
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