134 妹、再び帝都来襲⑤

 ポーレは少年を浴室に連れていき軽く洗うと、とりあえず大人用のシャツの見本を取り出した。

 さすがに子供用の服まではこの工房は扱っていない。

 後で着替えは買いに行くしかない、と少し心中ため息をつく。

 だが子供の前ではそんな表情は見せなかった。

 ちょっと突っつくとまた泣きそうな少年を下手に刺激してはいけない。

 平気で頬をはたくアンジーを見て、身体の方に傷跡とか打痕が無いかとざっと見る。

 胴体には無いが、腕にはちょこちょことつねった痕があった。

 予想はしていたが、やはり見て楽しいものではない。

 それにこの少年、妙に痩せすぎていないか?

 洗っていてもあばらが浮いている。

 何故だ? 一応お坊ちゃまではないのか?


「大人しくしてて下さいね。あとで美味しいものをあげましょう」

「ほんとう!? でも」


 そこでいきなり「でも」と来た。


「どうしました?」 

「ぼくひとりでいいの」

「いいですよ? それとも、誰かに横から取られてしまうんですか?」


 かまをかけてみる。

 少年はびく、と身体を震わせた。


「とられるんじゃなくて、あげるんだ」

「誰に?」

「おかあさまに」


 ははん、とポーレは少年が背を向けた瞬間、思い切り顔を歪めた。


「大丈夫ですよ。お母様は今お話中ですから。坊ちゃんが食べているところを邪魔させはしません」

「ほんとうに?」

「約束します」


 すっ、と少年の身体の力が抜けた様にポーレには思えた。

 小さな身体にはぶかぶかのシャツはそれだけで上下を兼ねる。

 肩の辺りを思い切り上げて留めて、それでも袖口は沢山折って。

 引きずってしまうので腰のところでいったん革紐をベルト代わりにして、上半身を膨らめて。

 それでやっと服らしくなった。

 靴は無いので、自分達が足を休める時に履くサンダルやスリッパの中で、先が開いていないものをとりあえず見繕った。

 そのまま厨房へと連れて行き、調理用に使うテーブルに椅子を持ち込んで座らせた。


「大人しくしていたら、美味しいものが出てきますよ」

「うん!」


 少年から初めて元気な声が出た。

 ポーレはすぐにできるものを、ということでパンをサイコロ状にカットすると、ボウルに割り込んだ卵にミルクを少し混ぜ、よくよくかき混ぜたものに浸した。

 染みるまでの間に平たい浅い片手鍋を熱すると、氷の冷蔵庫からバターを取り出した。

 熱せられた鍋にじゅわ…… とバターが溶け広がり、一気に厨房が香ばしい匂いに包まれた。

 少年もそれに気付き、わくわくしている様だった。

 そろそろいいかな、とポウルの中身を一気に鍋に入れる。

 蓋をして火を弱め、少しの間。

 固まるか固まらないか、充分温まったあたりでポーレは深手の皿にそれを盛り付け、上から蜂蜜をとろりと回しがけした。


「さあどうぞ」


 出したのはスプーン。

 大人だったら形のしっかりしたもの、焼き色とかこだわりもするが、子供ならまずスピードだった。

 手早く美味しいものを、と思いついたのは甘いパンがゆだったのだ。


「どうしたんですか? 全部どうぞ」

「い、いいの?」

「お腹壊さない程度に」


 ポーレの言葉に少年は、勢いよくがつがつと食べ始めた。

 その様はとても貴族の子供には思えなかった。

 四つかそこらなら――だが、母親はテンダーにもその頃からしつけはしていたということだった。

 しつけをされていないのか、それとも本当にお腹がひたすら空いているのか。

 眺めながら、その辺りもこの後やってくるであろう母に聞かなくてはならないだろうな、と彼女は思う。

 ――そんな時だった。


「何このいい匂い!」


 椅子に縛り付けられながら――椅子を引きずったまま、少年の母親が突撃してきたのだ。

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