132 妹、再び帝都来襲③

 そんな中、ポーレはかがむとアンジーの息子と目線を合わせ。


「怖かったんだね~着替えしようね」


 動じず少年を奥へと連れて行く。

 すれ違い様ポーレはテンダーに目配せをした。こちらは何とかするからそっちは何とかしましょうね、とばかりに。

 テンダーは気を取り直す。


「皆様、本当に申し訳ございません。一両日中に迎えが来ると郷里から連絡がございました。運賃と加算された罰金分の請求書は伯爵家にお願いいたします」

「みみっちいわね! 払ってくれればいいのに!」

「黙りなさい」

「はあ?」

「黙りなさいって言っているの! 貴女一体幾つになったの! 伯爵家の婿の妻で二児の母だという自覚無いの!」


 そう言うとテンダーはかかっていたスカーフを手に取ると、さっと後ろに回り同僚に目配せをし。


「な」


 あんぐりと開いたアンジーの口に猿ぐつわをした。

 同様に同僚達は椅子を用意し、一気にそこにアンジーを座らせ、ベルト用の革紐で括り付けた。

 この間一分かからず。

 唖然とする警邏隊員に向かいテンダーは苦笑しながら。


「記入する書類がありましたら、後日うかがいます。ここは一旦お引き取り願いませんでしょうか」

「そ、そうですね。書類は駅の警邏課にありますので、迎えの方がおいでになってからできるだけ早くお願いします」


 ありがとうございます、と言ってテンダーは警邏隊員を送り出した。

 その間も背後では椅子に括り付けられたアンジーが足を床をばたばたさせて――やがてその場にひっくり返っていた。


「叔母様、警邏の方々はお帰りになりました」

「そう。やれやれ、これがあのやたらにうちのぼんくら兄様達に猫かわいがりされた結果ということね」


 腕を組んで呆れた様に見下ろすカメリアをアンジーはぎっ、と睨みつける。

 だがそれは昔の大きな目ではなく、肉に埋もれて小さくなったものなので、迫力は全く無かった。


「どうしましょう叔母様、迎えはもう少しかかるんですが」

「放り出して人様の害毒になるのも何だしね。迎えが来るまでは閉じ込めておきましょう」


 カメリアがそういうと、アンジーは「うーっ! うーっ!」と何か言いたげに上体を起こそうとしていた。


「叔母様、減らず口ですがここに来た理由くらいは聞いてもいいんじゃないですか?」

「わざわざそんな必要があって? 何も聞かずに簀巻きで返してやるのが一番じゃあなくって?」

「いや無論そうしたいところなんですが、あの子が何で連れてこられたのかが気になるんで」


 ああ、と同僚も一斉に頷いた。

 確かに、子供に対する扱いがあの様子だったら、来たいから、という望みを叶えるためではなかろう。


「っぷは! 口だけ!? ひどい!」


 そう、口だけで、椅子への固定は続行だった。


「酷いのは貴女の方でしょ。あの子に何ってことするの」

「母親が子供をどう扱っても自由でしょ。だいたい大して出来の良い子でも無いんだから、ここでせっかく縁ができそうなんだから役に立ってもらいたいもんよ」

「縁? 役?」


 何を言ってるんだ、とテンダーは怪訝そうな顔で問い返した。


「お姉様! 『帝都女性之友』に出ていたでしょ!」


 ああやっぱりそれか、とテンダーは顔を歪めた。


「出たわよ。それが?」

「俳優と婚約ですって!?」


 それがどうした、とテンダーは思った。

 もしかして、また自分が、とか思っているのだろうか? 有名俳優が欲しいのか?


「聞いてないわよ」

「口約束ですもの。それに私はもう伯爵家とは名しか繋がらない人間よ。わざわざ言う必要無いでしょ」

「あるわよ!」

「じゃあ何、私の結婚式に出席したいとかそういうこと?」

「そんなものどうでもいいわ。せっかく俳優のひとに関わりが持てたんだから、うちの息子を役者にして欲しいって思ってね」 

「え、それで子供を連れてきたの!? 俳優のひとに会いたいとかそういうのではなくて?」

「は、お姉様本当に趣味悪くなったわねえ。確かに有名な役者かもしれないけど、……小さいじゃない!」

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