123 女流怪奇小説家の息子とポーレの春③

「どうしました?」

「あ、いや、一人のために料理を作るのはつまらないですか?」

「いえ、そういう訳ではないんですが。ただあまりにもうちの同僚達はそういうことができないので外食ばかりになって」

「ずっと工房で針仕事とおさんどんをするつもりですか?」

「ええ。テンダー様と一緒に居たいですし」

「……妬けるなあ」


 え? とポーレは耳を疑った。


「いや、ちょっと羨ましいな、と工房の人々が」

「? そちらにも料理をなさるメイドは置いているのでしょう?」

「居ることは居ます、が……」


 彼の表情が曇った。


「オールワークスというのは、やっぱり得手不得手というものが…… 現在うちでは掃除と料理のために三人が交代で来てくれているのですが、どうも掃除中心で仕込まれたらしく、料理が今一つ……」


 何となくポーレは納得した。


「もしかしてお屋敷勤めを引き抜きました?」

「ええ。うちも今ひとつ人を使う立場ではなかったので、母が売れて家事が一切できなくなるまでは二人であれこれやってきまして」

「先生はお料理の方は」

「母はやればできるのですが」


 そう言って彼は苦笑した。


「確かに! 今の売れっ子の状況では!」

「たまに昔の様な料理を作ってもらえないか、と思ったり、自分で作ったらどうかとも思うんですが、残念ながら僕は父に似た様で、掃除はともかく…… 料理は……」

「掃除はご自分でなさっていた?」

「母がその辺りはあまり向いていませんでしたから。家庭教師がすぐにできるだけあって、学校の寮に入るまでは母がまだ勉強を見てくれていました」

「さすがです先生は!」

「ただ料理は気が乗らないと……」


 やはり言葉を濁す。


「だからまあ、工房の方々が感涙する程の手料理が食べられるなんて、羨ましいなあ、と」

「……では厨房をちょっとお借りしていいですか?」


 え、とエイザンは眼鏡の下の目を大きく見開いた。



「それで料理を作ってあげた…… のに、ちゃんと帰ってきてしまうの!」

「何言ってるんですか、そもそもうちの料理はどうするんですか」


 はっ、と戻ってきたポーレの言葉に工房の皆の視線が泳いだ。


「あ、そうか…… ポーレがもしその方と結婚…… ということになったら……」

「私達の毎日のごはんはまた昔の様に!」

「いやー!」


 テンダーもアルカラもレダも、いや工房主のカメリアまでも。

 皆の気持ちが一つになり、ポーレにまずこう訊ねた。


「結婚したら仕事辞めるの!?」


 はあ、とポーレはため息をついた。


「何早合点してるんですか。今日はたまたまそうしただけで、別にまだお付き合いしましょうとかそういう話には」

「いや、でもポーレはいつかは結婚してしまうでしょう?」

「……」

「だって今までだったら『ずっとテンダー様と一緒に居ます』って言ってたのに、今回は違うじゃない。脈があるってことでしょう? 向こうからも、貴女自身も」


 年長の先輩のレダの言葉に「確かに」とポーレは今更の様に気付いた。


「何となくうちの皆様のかつての欠食児童みたいな様子を思い出したんですよ」


 皆「う」と言葉に詰まる。


「まあ別にあの方とどうなるとかまだ分からないですが、それでも仕事は辞めませんよ」


 良かった、と皆ほっと胸をなで下ろした。

 だがテンダーだけは複雑な表情になっていた。


「そっか、そういうことよね」

「何がですか?」

「私はポーレに良いご縁があればいいと思ったけれど、つまりそれは私の側からポーレが離れていくってことだったわ!」

「いや、テンダー様それ分かってなかったんですか!?」

「つい浮かれて」

「浮かれるならご自分の方浮かれてくださいよ! そっちもヒドゥン・ウリーさんとの話まとまったわけですし!」

「あ」


 そう言えばそうだった、とテンダーは今更の様にあはは、と笑った。

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