122 女流怪奇小説家の息子とポーレの春②

「そうそう、だから僕の知っている母といえば、常に家庭教師としての予習をしている姿と、寮から長期休暇で帰省した時には何かと出版社からの指摘に四苦八苦している姿ばかりですねえ」


 ははは、とエイザン・カナンは今日の様なお茶会の都度、そう言っては笑い飛ばす。


「私も小さい頃の母は常にテンダー様の世話のことばかりでした」

「仕事に生きる女という意味では同じなのでしょうね。きっと貴女もそんな母上を目にしてきたからこそ今も働いてらっしゃる」

「あ、いえこれは単に私がテンダー様にずっとついて行くことにしただけで」


 ぱっぱっぱっ、とポーレは顔の前で手を振る。


「それにうちはそちらの様な良い家柄でもなく」

「いやいや、別にうちだって母が今は売れているから少し裕福になっただけで、元々は集合住宅住まいですよ。だからこそ母は僕が寮に入ってほっとしたのではないですかね。今は母上とはご一緒に?」

「あ、いえ」


 そう言えば、とポーレは母のフィリアのことを思い起こす。


「帝都に出てきて一緒に暮らそうとは言っているのですが、なかなか」


 帝都に出てきて落ち着いたらフィリアも呼び寄せる予定ではあった。

 だがなかなかそれは実現しなかった。

 自分とテンダーの仕事上の内容や立場がなかなか落ち着かなかったことが理由の一つ。

 もう一つは、フィリア自身が一度娘達の様子を見にやってきた時、帝都中央駅で人の多さにげんなりしてしまったこと。


「まあ確かに、帝都近郊と中央は文化はともかく、人口がまるで違いますからね」

「お二人はずっとこちらに?」

「亡くなった父が役人でしたからね。まあ自分は父に似たんですよ。だからいつも母に言われる。お前は私の息子にしちゃいつ何処に出しても恥ずかしくない程にちゃんと育ってくれたのはいいけれど、あのひとと同じで面白みに欠けるから結婚できるのか心配だ、って」

「あら」


 ポーレはくす、と笑った。


「別に父が役人だったから、という訳ではないんですよ。逓信省は一見地味ですが、これから面白くなってくる場所です」

「そうなんですか?」


 逓信省と言えば、ポーレにとっては郵便局と電信局しか思い浮かばない。


「電信技術は日々進んできていましてね。今度『放送局』ができて、そこからできるだけ全土で国民に最短で上からのお達しを聞かせるべく『一般家庭用広域音声受信機』が設置させる予定なんです」


 ポーレは意味がよく分からなくて首を傾げた。

 すると彼は急にその「広域音声受信機」の説明を一気にまくし立てだした。

 後の世で言うラジオなのだか、まだこの時点ではポーレにとっては想像もできないものだったので「はあ」と頷きつつひたすら熱心に話すその素振りを眺めていた。

 そしてふと思う。

 この方うちのテンダー様とどっか似てる……

 きっとこの何とかという機械に関してだけはもの凄く熱心なのだろう。

 だからこそ早く知っているひとに知らせたい、ということでついつい饒舌になってしまう……


「……あ、すみません、つい」

「あ、いえ、何となくそういうのには慣れてますので」

「え、慣れているんですか?」

「テンダー様が昔からそういう感じだったので」

「そう言えばテンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は乳姉妹でしたね。ですが現在は家を出て同僚なのでしょう? 彼女がそう呼べと?」

「あ、いえいえ、そういうことにはなっていますが、まあ、昔からの習慣は抜けませんね。今更同僚だから呼び捨てにしろと言われたところで習慣というものはそう簡単には抜けませんし。それにこちらの立場である方が言うこと聞いてくれる場合も多いんですよ」


 くす、とポーレは笑った。


「そもそも師匠もテンダー様も、どうがんばっても苦手なものとかありますから。家事とか家事とか家事とか」

「そうすると、今は貴女が?」

「工房の人々、美味しいものに飢えてたそうで」

 ほろりと泣く真似をしてやる。

「だから工房でのおさんどんは好きなんですよ。昔から料理は母やら屋敷の料理人とかに叩き込まれましたけど、テンダー様しか食べるひとが居ないのはつまらなかったこともあって」

「……」


 彼はふと黙った。

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